【ケニア派遣150日目】ついに完成した泥の小屋。実習生と歩く畑の解像度と、親の前で子どもを叱る同僚

カカメガでの活動
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ついに完成した泥の小屋と、謎の説教

朝一番で、マッシュルームの小屋の建築進捗を確認しに行きました。今日は大学生の実習生たちと、私のカウンターパート(CP)も一緒です。

現場に着くと、泥で固められた小屋がようやく「完成」の形を見せていました。 長かったです。残すは小屋の中に棚を作る作業のみ。 来週の月曜日までに棚を完成させ、再来週からはいよいよ農家を集めてトレーニングを開始する。今日はCPも同席する中で、かなりの人数を前にスケジュールを宣言し、確かに言質を取りました。今度こそ、頼む…
さすがにCPも、大工たちのポレポレ(ゆっくり)なペースに「いくらなんでも時間がかかりすぎだよ」とうんざりした様子でした。

農家の家に着いた時、少し面白い光景を目にしました。 農家の庭先にいた子どもに対して、CPが突然「ちゃんと学校に行きなさい!」と真剣に説教を始めたのです。驚いたのは、その子の親がすぐ目の前にいるのにも関わらず、です。

もちろん、子どもは学校に行った方が良いに決まっています。でも、農家には農家の手伝いなどの事情があるかもしれないし、親の前で他人がそこまで強く踏み込むのは、日本ではあまり見かけない光景です。 ケニアの農村では、地域全体で子どもを育てる(あるいは叱る)というコミュニティの距離感が、まだまだ色濃く残っているのかもしれません。

歩きながら高まる、畑の解像度

実習生たちと一緒に畑の周りを歩きながら、色々な話をしました。

「あの木は水分をものすごく吸収するから、作物を育てる畑のすぐ近くに植えるべきではないよ」 「この畑はメイズの株間が狭すぎるね。一見たくさん実がなっているように見えるけど、栄養が分散して細い実ばかりになるから、収穫量は少なくなるはずだよ」

彼らは、事務所のボスから課題を与えられ、歩きながら畑の写真を撮って、考えられる病気や周辺環境の影響などを熱心に考察しています。 彼らと同行して一緒に考察を深めることは、私自身にとっても非常に良い勉強になります。赴任当初はただの「緑の景色」だったものが、今では水脈、土壌、病気、作物の競合といった様々な情報を持った解像度の高い空間として見えています。

たくわんの不評と、味覚の壁

昼過ぎ、事務所の同僚から急に「日本食を食べてみたい!」とリクエストされました。 そこで、家に作り置きしていた「ナポリタン」と「たくわん」、そして以前もらって調理した「クンビクンビ(羽アリ)の佃煮風」をタッパーに詰めて持っていきました。

結果は……ナポリタン以外は、見事なまでに不評でした。

まあ、薄々わかってはいたことですが。 ケニアの人たちは基本的に、野菜を生(あるいは浅漬けのような状態)で食べることが好きではありません。クタクタになるまで火を通すのが彼らのスタンダードです。さらに、たくわんの酸味の原因である「お酢」の存在自体を知らない人もいました。未知の酸っぱさと生の食感は、彼らの味覚には全くフィットしなかったようです。

彼らの食文化は、「しっかり火を通して、塩で味をつける」。これに尽きます。
出汁の旨味や、発酵の酸味、漬け込む手間といったものは、彼女たちにとってはむしろ「余計な味」に分類されてしまうのかもしれません。

頭では理解していましたが、いざ自分が作った日本食が受け入れられない様子を目の当たりにすると、味覚と食文化の高く分厚い壁を見せつけられたようで、少しがっかりして、悔しい気持ちになりました。

家族の病気と、不思議な上下関係

試食会の後、実習生の一人が同僚のオフィサーに対して、「母が体調不良で、子どもたちの面倒を見ないといけないので今日は帰らせてほしい」と申し出をしていました。

ケニアでは家族の繋がりが何よりも優先されます。同僚たち自身も、家族が病気になれば平気で数日間事務所を休んだりします。 だから当然、「早く帰ってあげなさい」とあっさりOKが出るものだと思っていたのですが、同僚たちの反応は意外にも冷ややかで、「えー……まあ仕方ないから帰りなさい」といった渋々OKを出すような空気でした。

自分たちは家族を理由に自由に休むのに、立場が下の実習生に対しては急に厳しくなる。 このダブスタンダードというか、ケニアの職場における不思議な「上下関係のリアル」を垣間見た気がします。

小屋の完成、味覚の敗北、そして職場の人間模様。 今日も色々な発見があった150日目でした。

最近、夕方以降の雨が凄すぎて、前が見えなくなる。

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