雨と停電の朝、小説の「余白」に沈む
今日はメーデーで仕事はお休みです。日本はゴールデンウィークの真っ只中ですが、ケニアもこの週末は3連休です。
最近は夜だけでなく、朝まで雨が残っていることが多くなりました。 それに伴って、朝まで停電が続いている日も珍しくありません。 朝目を覚まして、電気がつかず、外からは冷たい雨の音が聞こえてくると、どうしても少し気分が下がりそうになります。そんな弱気になりそうな自分を奮い立たせるため、最近は「よし、やるぞ!!」と声を出してベッドから起き上がるようにしています。
とはいえ、今週はあちこち動き回って疲労も溜まっていたので、今日は特に何もしないと決めていました。
映画を見たり、アニメを見たりして過ごしていましたが、最近は特に小説にハマっています。
映像作品も素晴らしいですが、活字には映像にはない「余白」があります。 その行間を読み解き、自分自身の経験や感情を投影していく。すると、時に映像で見るよりも遥かに鮮やかに、あるいは残酷に、自分の中だけで光景が立ち上がってくる。この行間の広さと没入感は、小説ならではの魅力です。 世の中には本当に色々なコンテンツがあって、決して飽きさせてくれないなと思います。
ビッグテックの決算と、現実世界のダイナミズム
そんなフィクションの世界に没頭する一方で、スマホの画面越しに見る現実のニュースもまた、とてつもなく面白いです。
今はちょうど、アメリカのビッグテック企業の決算発表の時期。 Apple、Alphabet(Google)、Microsoft、Amazonといった巨人たちが、軒並み増収増益を叩き出しています。OpenAIやAnthropicといったAIスタートアップのIPOの足音も近づいてきています。
各社がこれまで莫大な資金を投じてきたAI投資を、いかにして回収していくのか。 Alphabetはハードからソフトまでの垂直統合によってうまく事業を伸ばしているなとか、逆にMetaは投資回収が少し心配だなとか、遠いアフリカの田舎町にいながら、そんなマクロな経済動向を眺めています。 ベンチマーク性能だけを見ればClaude等に少し遅れをとっているように見えるGoogleも、この決算の数字と利益額の大きさを見れば、やっぱり総合力では圧倒的に強いなと唸らされます。
さらに、日本の円相場の乱高下からも目が離せません。「まだ長期休暇は序盤である」という言葉の通り、為替市場も何が起こるか分からないヒリヒリとした展開が続いています。
情報の非対称性と「包丁の握り方」
こうやって、世界中の最先端の情報が、赤道直下のケニアの暗い部屋にいても即座に手に入る世の中。
「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」
Googleが掲げているこの途方もないミッションは、テクノロジーの力によって確実に実現してきていると感じます。 「情報の非対称性をなくすこと」。これこそが、インターネットやSNS、そしてAIがもたらしたデジタル革命における最大の「核」だと私は思っています。
しかし、そのデジタル革命の恩恵を感じれば感じるほど、現実の足元との強烈なギャップに直面します。 なぜなら、ここケニアの農村には、インターネットに十分にアクセスできない人、すなわちPCもスマートフォンも持っていない人がまだまだたくさんいるからです。
彼らと直接話していると、世界で解消されつつあるはずの「情報の非対称性」が、未だに分厚い壁として存在していることをまざまざと見せつけられます。
テクノロジーやAIに対して、「仕事を奪う」「フェイクニュースを生む」といった批判的な声があるのは事実です。確かにその通りですが、それでもやっぱり、技術の進化は凄まじいし、人類にとって必要なものだと私は思います。
問題は技術そのものではなく、その進化のスピードが速すぎて、人間の倫理やモラルが追いついていないだけです。 どんなに便利な「包丁」でも、使い方を間違えれば人を傷つける凶器になります。私たちは今、その新しい包丁の正しい「握り方」と「使い方」を、社会全体で必死に学んでいる過渡期にいるのでしょう。
小説の行間に広がる静かな世界と、AIが世界を塗り替えていく激動の現実。二つの異なる世界を行き来しながら、自分の頭の中をゆっくりと整理したメーデーの休日でした。


コメント