生き物を育てる難しさと、病院のイチゴ
午前中は、先日地域の病院の畑に植え付けたイチゴの経過観察へ向かいました。
状態を見てみると、少し葉っぱが落ちてしまっていました。 よく観察すると、虫に食われたような跡はなく、そのままポロッと落ちている状態。大雨の衝撃によるものか、それとも夜間に何らかの小動物(害獣)がイタズラをしたのか。原因の特定が非常に難しいです。生き物を育てる以上、マニュアル通りにはいきません。仮説を立て、一つずつ対策を講じて改善していくしかありません。

妊婦の半数が貧血。「食文化の罠」と隠れ飢餓
イチゴの確認後、病院の栄養士の方とじっくり会話をする時間がありました。 彼女から共有されたマトゥング地域のデータと実態は、非常に深刻で、かつ考えさせられるものでした。
「今年の1月から3月までのデータだけで、貧血(低ヘモグロビン血症)の妊婦が336人もいる。通常でも46%、ひどい時は半数近くの妊婦が貧血状態に陥っている」
原因は単純な食料不安(貧困)だけではありません。最大の課題は「栄養リテラシーの欠如」にあると彼女は指摘します。現在の新しい教育カリキュラム(CBC)には栄養の科目が含まれていますが、旧制度(8-4-4制)で育った今の大人たちは、学校で栄養について全く教わってきませんでした。そのため、地域には「間違った食習慣」が根付いてしまっています。
彼女の言葉を借りれば、「私たち黒人は、食材を過剰に加熱してしまう傾向がある」とのこと。野菜をクタクタになるまで長時間茹で、あろうことかその煮汁を捨ててしまうため、ビタミンなどの栄養素が完全に破壊されてしまっています。
さらに厄介なのが「食後のチャイ」の習慣です。 ケニア人は食後や寝る前に甘いチャイを飲む習慣がありますが、紅茶に含まれるタンニンが、せっかく豆や野菜から摂取した鉄分の吸収を強力に阻害してしまいます。つまり、鉄分豊富な食事をしても、食後のティータイムで自らそれを帳消しにしてしまっているのです。
これらは検査をしないと目に見えない「隠れ飢餓(Hidden Hunger)」です。 他にも、1日1食しか食べられない子どもたちの「タンパク質・エネルギー低栄養状態」など、課題は山積みです。
この話を聞いて、改めて「日本のベースラインの高さ」に気付かされました。 日本では、学校の家庭科で基礎的な栄養素を学び、毎日当たり前のように「栄養士が計算し尽くした給食」を食べます。私たちが無意識に持っている「健康へのリテラシー」は、日本の優れた教育と給食制度の賜物なのだと、痛感しました。
「美味しい処方箋」としてのイチゴとキノコ
彼女は、この状況を打破するために妊婦を対象とした「母から母へのサポートグループ」を立ち上げ、各家庭で省スペースのキッチンガーデンを持たせる構想を持っていました。そこで、自分が進めている「イチゴ」と「キノコ」のプロジェクトを掛け合わせる提案をしました。
- イチゴ(鉄分吸収のブースター):キッチンガーデンとの相性がいい。加熱せずに生で食べられ、豊富に含まれるビタミンCが鉄分の吸収を強力に後押しします。
- キノコ(屋内栽培のタンパク源):天候に左右されず、屋内の空き部屋で1年中栽培が可能。以前養鶏をしていて盗難被害に遭ったという彼女も、「キノコなら市場がまだ未成熟だから盗まれないだろうし、鍵のかかる安全な部屋を病院内で確保する」と乗り気になってくれました。
病院には毎日たくさんの母親たちが診察に訪れます。そこを「教育・啓発のタッチポイント(彼女の言葉を借りれば『健康の福音を説く場所』)」にするというコラボレーション構想です。
私の裏目的は、イチゴやキノコの「味の認知普及」です。 栄養素のロジックだけで新しいものを定着させるのは至難の業です。結局のところ、「美味しい」というシンプルで強烈な感情が一番の原動力になります。「美味しいから食べたい」とあわよくば病院内や門前で買って帰ってもらう。そんな健康とビジネスが両立する仕組みを作っていきたいと考えています。
AIが回す数万件のデータと、アナログな日常
病院での議論を終え、マッシュルームのパートナー農家の元へ進捗確認に行きました。 しかし、小屋作りは少し進んではいたものの、全然完成していない、という見事なペースダウンぶり。
「来週の月曜日までに完成させるから、火曜日に来てくれ!」と自信満々に言われました。正直、ほとんど信じていませんが、ここはケニア。彼らのペースを信じて待つしかありません。

事務所に戻り、ボスと色々な会話を交わしました。
彼女は「農家が単価の低い野菜ばかり育てているから、パパイヤやアボカドなどのフルーツをもっと広めていきたい」と、付加価値の高い農業への転換を意図していました。
そこで私は、自作したアプリの画面をボスに見せました。 国が公開しているKAMIS(農業市場情報システム)のデータを自動で取得し、整形して表示するプログラムです。 「同じカカメガ周辺でも、マーケットが少し違うだけでこんなに価格に差があるんですよ」 データを見せると、ボスは驚きとともに深く理解を示してくれました。趣味の延長で作ったツールですが、価格差を狙った販売戦略を立てる上で、十分に使い道がありそうです。
私が寝ている間にも、自作のAIエージェントやプログラムが勝手に数万件のデータを収集し、綺麗に整形してくれている。一方で、目の前の小屋作りは1週間経っても終わらない。
この極端なデジタルとアナログのコントラストが、たまらなく面白いです。

円急騰と為替介入の波紋
夜、日本のニュースをチェックしていると、為替市場で「急激な円高」が起きているという話題で持ちきりでした。
数時間で一気に数円幅で動く異常な値動き。タイミングや規模から考えても、日本政府・日銀による為替介入が実施されたと見て間違いなさそうです。
この為替の乱高下は、世界経済の不安定さの裏返しでもあります。アメリカの金利動向や日本の金融政策によってドルと円が動き、それに連動してケニアシリングの価値も、そしてこの国が輸入に頼るガソリンや生活必需品の価格も大きく変動します。
日本の介入が、遠くアフリカにいる私の財布の紐の感覚を微妙に狂わせる。世界は本当にすべて繋がっているのだなと、スマホのチャート画面と為替ニュースを眺めながら実感した夜でした。



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