終わらない待ちぼうけと静寂
今日はマッシュルーム栽培用の建築資材を買いに行く予定でした。
しかし、朝から事務所に向かっても同僚は一向に姿を現しません。
しばらくして電話がかかってきました。農家とショップには連絡しておくから、資材を買って運んでおいてほしい。ちょっと待っていてくれ、とのことです。 言われた通りに待機し始めましたが、結局この日、買い出しの準備が整って動き出せたのは14時半を過ぎてからでした。
それまでの時間は、本当にやることがありません。でも、いつ連絡が来るか分からないため事務所の近くを離れるわけにもいかず、ひたすら待ちぼうけの時間を過ごすことになりました。
スワヒリ語や英語の勉強、読書など、一人でできることを黙々と進めます。しかし、できることにも限りがあります。一人で何時間も静寂の中に取り残されていると、少しずつ気持ちが塞ぎ込んで病みそうになってきます。誰かと他愛のない話をしたいなと、無性に人恋しくなりました。
静まり返った部屋の隙間を埋めるように、YouTubeでケニアのニュース番組を流します。音で空間を満たすことで、少しでも余計なことを考えないようにするための防衛本能だったのかもしれません。

待ち時間の間、周りのケニア人を観察していたのですが、柱に寄りかかったまま何時間もスマホすら見ず、本当に「ただ何もせずに」過ごしている人がいました。その時間に対する圧倒的な寛容さには、素直にすごいなと驚かされます。
ケニア特有のこの「何もしない時間」を、心から楽しめる人間であったなら、もっと楽だったのかもしれません。でも、私にはそれができません。せっかく24歳という人生の貴重な時間を使ってわざわざアフリカまで来ているのだから、1分1秒を無駄にせず大切にしなければならない。そんな日本人的な感覚と焦燥感がどうしても拭い去れないのです。
その感覚を無理に拭う必要はないと思っています。 タスクをしっかりと進める一方で、時間がある今だからこそできるインプットや思考に時間を割く。自分なりのペースで、この余白と付き合っていくしかありません。
相手を通してみる、自分の精神疲労
午後になってようやく資材を買うことができ、農家の元へ運びに行きました。しかし、到着してみると肝心の農家本人は不在。結局、彼の息子に資材を渡してお願いすることになりました。
その道中、道端にたむろする若者たちに話しかけられたり、子どもたちから無遠慮に呼ばれたりしました。普段なら適当に笑って返せるような些細なことなのに、今日はなんだか妙にイライラしてしまいました。 見知らぬ人とのちょっとした接触を通して、自分自身の精神的な疲労が蓄積していることに気づかされます。

ケニア政治の圧倒的なスピード感
待ち時間に流していたニュース番組で、興味深い発表がありました。
先日、ガソリン価格が200シリングを超える大幅な値上げを記録し、人々の生活に大打撃を与えているという話を書きました。その際、同僚たちは「政府がなんとかしてくれるから大丈夫。こんなのは今だけだよ」と、驚くほど楽観的なことを言っていました。
そして今日、その言葉が現実に。 政府は燃料にかかるVATを13%から8%へ引き下げることを決定し、ガソリン価格が9.37シリング下がるという発表を即座に行いました。これで再び200シリングを切ることになります。
激しいインフレや国民の不満感情を受けての対応だとは思いますが、それにしても意思決定と実行のスピードが衝撃的に早いです。 もしこれが日本だったら、審議会を開き、法案をまとめ、国会を通すまでに途方もない時間がかかるはずです。
これがトップダウンで物事を決められる大統領制の強みなのか、あるいは迫り来る次の選挙を見据えた政治的なパフォーマンスなのか。背景には色々な要素が絡み合っているのでしょうが、一つの国の仕組みとして非常にダイナミックで面白いと感じました。
孤独な待ち時間とイライラ、そして政治のスピード感。
色々な感情と思考が入り乱れた、1日でした。


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