【ケニア派遣330日目】見慣れた光景との出会い直し

ケニア西部のマトゥングで、同期隊員といつもの風景を歩き直す。土地があり、食べるものを自分たちで育てる暮らし。日本とは違う日常を通して、豊かさとは何か、ちゃんと生きることとは何かを考えました。

見慣れた場所を、もう一度見る

今日は、ナイロビ近郊で活動する同期隊員を任地に迎え、活動を少し手伝ってもらいました。

いつもの道を誰かと一緒に歩く。

それだけで、見慣れた場所に出会い直すことができるような気がします。

カカメガという場所に。
そして、マトゥングという場所に。

カカメガはちょうどいい人口規模で、すでにある程度の産業もあり、発展する土壌があります。

そして、ここマトゥングのような田舎でも、ナイロビ近郊と比べると家が大きく、きれいです。

田舎だけど、豊かである。

そんなことを改めて感じました。

土地があるということ

土地があること。

野菜が育つこと。

これは、何よりの強みなのだと思います。

農家さんとの会話の中で、こんなやりとりがありました。

「土地は持っていないの? 親からもらっていないということ?」

「いや」

「え、土地を持っていないなら、野菜はどこから得ているの?」

野菜を買うためにお金を稼ぎ、スーパーに行く。

そんな暮らしが、そもそも前提になっていない世界です。

もちろん、誰もが土地を持っているわけではありません。

それでも、食べるものを自分たちで育てられることには、大きな意味があるのだと思います。

食べるために働き、働く中で体を動かす

同期がこんなことを言っていました。

「そもそも、朝から晩まで仕事して、ジムに行って、ランニングマシンの上で走って運動してって、なんか馬鹿みたいだよな。こっちの人は、食べる分を作って、その過程で運動もしている。だから、空いた時間はただの余暇なんだよな。」

なるほど、と思いました。

もちろん、こちらの暮らしにも大変なことはあるし、農作業だって楽ではありません。

それでも、食べるために働き、働く過程で体を動かす。

その営みの中に、暮らしがある。

多くの日本人がアフリカに来ると、「豊かさとは何か」を考えさせられるのだと思います。

かつての自分も、そうでした。

ちゃんと生きること、生き延びること

豊かな暮らしとは何か。

今、私が生活している環境はインフラが不安定です。

でも、だからこそ、ショート動画を一生見続けるようなドパガキにはならない。

スーパーはありません。

でも、だからこそ、農家さんやマーケットで会話をしながら、野菜をもらったり、買ったりすることができます。

不便さの裏側に、別の豊かさがある。

そんなふうに感じることがあります。

こちらで生活していると、「ちゃんと生きること」と「生き延びること」の境界線が見えてくる気がします。

生き延びるために必要なことが満たされる。

その先にあるものに、贅沢を感じる。

そして、幸福を感じる。

そんな感覚を、少しずつ身につけているのかもしれません。

いつもの道を同期と歩いたことで、マトゥングという場所に、もう一度出会うことができました。

そば。長ネギがあるとやっぱりいい。