見慣れた場所を、もう一度見る
今日は、ナイロビ近郊で活動する同期隊員を任地に迎え、活動を少し手伝ってもらいました。
いつもの道を誰かと一緒に歩く。
それだけで、見慣れた場所に出会い直すことができるような気がします。
カカメガという場所に。
そして、マトゥングという場所に。
カカメガはちょうどいい人口規模で、すでにある程度の産業もあり、発展する土壌があります。
そして、ここマトゥングのような田舎でも、ナイロビ近郊と比べると家が大きく、きれいです。
田舎だけど、豊かである。
そんなことを改めて感じました。
土地があるということ
土地があること。
野菜が育つこと。
これは、何よりの強みなのだと思います。
農家さんとの会話の中で、こんなやりとりがありました。
「土地は持っていないの? 親からもらっていないということ?」
「いや」
「え、土地を持っていないなら、野菜はどこから得ているの?」
野菜を買うためにお金を稼ぎ、スーパーに行く。
そんな暮らしが、そもそも前提になっていない世界です。
もちろん、誰もが土地を持っているわけではありません。
それでも、食べるものを自分たちで育てられることには、大きな意味があるのだと思います。
食べるために働き、働く中で体を動かす
同期がこんなことを言っていました。
「そもそも、朝から晩まで仕事して、ジムに行って、ランニングマシンの上で走って運動してって、なんか馬鹿みたいだよな。こっちの人は、食べる分を作って、その過程で運動もしている。だから、空いた時間はただの余暇なんだよな。」
なるほど、と思いました。
もちろん、こちらの暮らしにも大変なことはあるし、農作業だって楽ではありません。
それでも、食べるために働き、働く過程で体を動かす。
その営みの中に、暮らしがある。
多くの日本人がアフリカに来ると、「豊かさとは何か」を考えさせられるのだと思います。
かつての自分も、そうでした。
ちゃんと生きること、生き延びること
豊かな暮らしとは何か。
今、私が生活している環境はインフラが不安定です。
でも、だからこそ、ショート動画を一生見続けるようなドパガキにはならない。
スーパーはありません。
でも、だからこそ、農家さんやマーケットで会話をしながら、野菜をもらったり、買ったりすることができます。
不便さの裏側に、別の豊かさがある。
そんなふうに感じることがあります。
こちらで生活していると、「ちゃんと生きること」と「生き延びること」の境界線が見えてくる気がします。
生き延びるために必要なことが満たされる。
その先にあるものに、贅沢を感じる。
そして、幸福を感じる。
そんな感覚を、少しずつ身につけているのかもしれません。
いつもの道を同期と歩いたことで、マトゥングという場所に、もう一度出会うことができました。
