キノコは、はやい。
午前中は、キノコの収穫と販売をしました。
一緒にキノコ栽培に取り組んでいる農家さんのところです。
こちらは問題なく進んでいます。
一方、前回の訪問では、別の農家さんのところで半分以上の菌床がカビに侵されているという悲惨な状況に直面しました。原因はドラムへの詰め込み方や滅菌時間、植菌時の衛生管理など様々考えられますが、まだ断定はできません。一つずつ原因を探り、改善していくしかありません。
ただ、キノコははやい。
栽培を始めてから結果が出るまでの期間が比較的短く、改善した結果も確かめやすい。
仮説を立てて、試して、結果を見る。
このサイクルを早く回せるのは、キノコ栽培の魅力だと思います。
失敗したとしても、原因を考えて次の方法を試すまでの時間が短い。
もちろん、失敗は悔しいですが、すぐに次の学びへとつなげられます。
事務所に戻る途中、収穫したキノコを抱えて歩いていると、トントン拍子に売れていきました。
同僚から勧められて買ってくれた人や、リピートしてくれる人もいて、気づけば10パックほどが綺麗になくなっていました。
これは、だいぶ嬉しい。
栽培したものが収穫でき、商品になり、誰かの手に渡る。
その一連の流れを比較的短い期間で実感できるのも、キノコの面白さです。
現代社会は、もっとはやい。
今日も事務所には人がいなかったので、午後は帰宅しました。
連絡を返したり、資料を作ったりはしていたものの、活動としてはほぼ休日のような午後です。
「今週は、あまり活動が進まなかったな。来週はもっと動かなければ……。」
と、少し反省しつつ、夕方からは小説執筆の追い込みに取りかかりました。
そして、ようやく。
ようやく書き終わりました。
数ヶ月にわたる長い道のりでした。
しかし、今作はお蔵入りです。
人様に見せられるクオリティではまだありません。
でも、書き切った自分、偉い。
今回の小説は、半分ノンフィクション、半分フィクション。
過去の自分と今の自分を題材に、それぞれが抱える悩みをぶつけてみました。
書いている間は、GeminiともGPTともたくさん会話しました。
自分の考えをぶつけ、返ってきた言葉を見て、また考える。
AIがあることで、考えを整理したり、文章を形にしたりするスピードは格段に上がりました。
自分一人では気づかなかったことにも気づけますし、以前なら何日もかかっていた作業を、短い時間で進められることもあります。
便利な時代です。
でも、ふと思います。
形にするスピードが速くなることと、考えが深まることは、同じではないのかもしれません。
現代社会では、次から次へと情報が流れてきます。
最近、「ドパガキ」なんて言葉が話題になっていますが、アルゴリズムとコンテンツによって、私たちは絶えず刺激を受け続けています。
一つの情報に触れたと思ったら、すぐに次の情報がやってくる。
何かに心を動かされたとしても、2-3分後には別のことを考えている。
さっきまで何かを感じていたはずなのに、もう思い出せない。
情報を受け取るスピードが速くなるほど、一つひとつの出来事や感情と向き合う時間は、短くなっているような気がします。
遅いからこそ、見えてくるもの。
大学時代、2年ほど毎日文章を投稿していた時期がありました。(今では、そのほとんどを非公開にしていますが)
たまに読み返すことがあります。
すると、当時の自分が何を考えていたのかが見えてきます。
すっかり忘れていた出来事や感情が蘇ることもあれば、今とは考え方が変わっていることに気づくこともあります。
過去の文章を読むことは、昔の自分に会いに行くようなものなのかもしれません。
今回の小説も、数年後に読み返したら面白いんじゃないかと思います。
書いている最中には気づかなかったことが、時間が経ってから見えてくるかもしれない。
今の自分には理解できなかった感情を、未来の自分が理解できるかもしれない。
すぐに答えが出なくてもいい。
すぐに役に立たなくてもいい。
時間をかけることで、初めて得られるものもあるのだと思います。
今週の『超相対性理論』で渡邉康太郎さんが話していたことをきっかけに、ボルヘスの『科学の厳密さについて』を思い出しました。
この作品には、実際の土地と完全に一致する、縮尺1分の1の地図が登場します。
あまりにも正確な地図を作ろうとした結果、地図は国土と同じ大きさになってしまう。
世界を完全に写し取ろうとすれば、世界そのものと区別がつかなくなってしまうわけです。
自分の感情も、きっと同じです。
感じたことを、そのまま文章にすることはできません。
言葉にした瞬間、何かが抜け落ちる。
複雑な感情を理解できる形にしようとすれば、どうしても整理したり、削ったりする必要があります。
自分の感情を完全に再現することはできない。
だからといって、何も残さなければ、やがて忘れてしまいます。
完全ではなくても、言葉にしておく。
すぐに結論を出さず、モヤモヤしたものはモヤモヤしたまま、ひとまず置いておく。
そして、時間が経ってから、もう一度向き合ってみる。
そんな熟成のような時間があってもいいと思います。
速さと遅さのあいだで。
キノコ栽培では、結果が早く出ることがありがたい。
失敗したら原因を考え、改善し、次の結果を確かめる。
速く試行錯誤できるからこそ、学びも積み重ねやすくなります。
一方で、自分の感情や考えを理解するには、時間が必要なこともあります。
すぐに言葉にできないこともあるし、すぐに答えを出さないほうがいいこともある。
速さが求められる場面もあれば、遅さが必要な場面もある。
大切なのは、何でも速くすることでも、何でもゆっくり進めることでもなく、そのときどきに必要な時間をかけることなのかもしれません。
AIのおかげで、文章を形にするまでの時間は短くなりましたが、自分が何を感じていたのかを理解するには、また別の時間が必要です。
今回の小説は、ひとまずお蔵入りです。
それでも、数年後に読み返したとき、そのときの自分が何を考えていたのかを知る手がかりにはなるはずです。
情報が次々と流れていく時代だからこそ、すぐに消費せず、時間をかけて考えること。
速く進むための道具を使いながら、ときには、あえて時間をかけてみる。
そんなバランスを、これからも大切にしていきたいと思います。
参考:
『科学の厳密さについて』
その帝国においては、地図製作の技芸がまことに完璧に達していたので、ただ一つの州の地図が都市全体の空間を占め、帝国の地図にいたっては州全体の空間を占めるほどであった。時の経過とともに、これら膨大な地図でも満足できなくなり、地図製作学校は帝国の大きさと等しく、帝国と一点一点において合致する「帝国の地図」を創り上げた。地図学の研究にそれほど執心していない後世の世代の者たちは、この広大な地図は無用なものであると考え、いくぶんかの不敬さをもって、それを冬の日の風雨の情けに委ねてしまった。西の砂漠のなかには、その地図の廃墟がいくつか寸断されて残っており、そこには動物や乞食たちが住みついている。この国において、地理学の遺物で今なお残っているものは他には何もない。
(スアレス・ミランダ『賢者たちの旅』第4巻、第45章、レリダ、1654年刊による)