【ケニア派遣321日目】年齢というもの

ケニア派遣321日目。太陽の出ない曇天の土曜日。サッカーや若き起業家の活躍を見て感じた「みんな若い」という実感から、年齢と経験を言い訳にできなくなっていく25歳のリアルな焦りを考察。インプット不足を認め、若さに甘えず未熟さに向き合って生きる決意を綴ります。

曇天の土曜日

朝から洗濯をしました。

しかし、今日は珍しく、一日ほとんど太陽が出ず、乾ききりませんでした
ここカカメガでは、雨が降る日でも日中は基本的に晴れるので、こういう日は本当に珍しいです。
さらにこういう日は、曇天というだけで、なんとなく気分も上がりません。

午後は音声編集をして、サッカーを見て、夜はドラマやアニメを見る。
特別なことは何もない一日でした。

みんな、若い。

サッカーを見ていて、ふと思います。

みんな、本当に若い。

ラミン・ヤマルやクバルシをはじめ、10代のうちから世界最高峰の舞台で活躍している選手が多くいます。
最近では、高校生くらいの年代の選手が世界中から注目されることも珍しくありません。

画面の向こうで躍動している彼らは、みんな年下です。

反対に、私より年上の選手たちは「ベテラン」や「中堅」と呼ばれ始める。

まだ25歳なのに。

もちろん、スポーツの世界は特殊です。
選手としてのピークがある以上、年齢が持つ意味も、ほかの世界とは違うのでしょう。

それでも、世界で活躍する若者を見ていると、少し考えてしまいます。

最近「Muse」のローンチで話題になっているMetaのAI責任者、アレクサンダー・ワンも29歳。
分野は違えど、若くして大きな仕事を成し遂げている人は、いくらでもいます。

「若いから」という言葉は、いつまで自分を支えてくれるのでしょうか。

若さは、言い訳になるのか。

これまでは、経験が足りなくても、知識がなくても、若さを理由にできた部分があったように思います。
これから経験を積めばいい。今はできなくても仕方がない。そう考えることもできました。

しかし、25歳になり、そして新卒から4年が経とうとしている今、もうそれを言い訳にはできないと感じています。

もちろん、誰かと比べて生きる必要はありません。
そもそも、私自身、何者かになりたいという強い願望があるわけでもない。
大きな成功を収めたいというより、自分が面白いと思うことをやっていたい。

それでも、何かがうまくいかないとき、「まだ若いから」「経験が足りないから」と片づけてしまうのは違う。

年齢を重ねることは、単純にできることが増えることではなく、自分の未熟さに対して、少しずつ言い訳ができなくなっていくことなのかもしれません。

焦りを、なかったことにしない。

しかし最近、インプットが足りていないと感じています。

もっと本を読んだり、知らないことを学んだり、人の話を聞いたり。自分の中にあるものだけで考えていても、いずれ限界が来るはずです。

すごい人と自分を比べて、焦る必要はない。

でも、焦りを感じたことまで、なかったことにする必要もないのでしょう。

25歳。

まだ若いのか、もう若くないのか。

その答えは、たぶん、どちらでもいい。

少なくとも、「まだ若いから」という言葉に甘えずにいられる自分ではありたいと思います。

バジル増殖中。