綺麗事ではない気候変動
月曜日、新しい一週間の始まりです。
今日は配属先の農業事務所が推進している、大豆の指導者・農家向けトレーニングに参加してきました。
ちなみに、ケニアではイギリス英語の綴りに則って「Soya beans」と呼ばれます。アメリカ英語の「Soy」とは少し響きが違いますが、調べてみると「soya」も「soy」も、もともとの語源は日本語の「醤油(shoyu)」に由来しているのだそう。 大豆という素材そのものよりも、海を渡った加工調味料の名前が先に西洋へ伝わり、そのまま作物の名前として定着したという歴史の順序。言葉の成り立ちとして、なんとも興味深い話です。
今回のトレーニングが開催された背景には、政府や郡が主導する気候変動適応プロジェクト「FLOCCA(Financing Locally-Led Climate Action)」の枠組みがあります。短期間(約3ヶ月)で収穫でき、根粒菌による窒素固定で土を肥やし、乾燥にも比較的強い大豆を導入することで、激変する気候環境の中でも農家の食料と現金の基盤を守ろうという狙いです。
「気候変動対策」や「環境適応」。
日本にいた頃は、どこか耳当たりのいい綺麗事や、遠くの国際会議で語られるスローガンのように聞こえていた言葉でした。
しかし、ここケニアの農村に身を置いていると、これほど身近で、生存に直結した切実な問題はありません。
雨が降るべき時期に一滴も降らない。
かと思えば、前が見えなくなるほどの豪雨が降り注ぎ、作物を押し流してしまう。
そして、照りつける日差しの気温が異常に高い。
日本のように蛇口をひねれば安定して水が出る上下水道インフラもなければ、畑に水を引くスプリンクラーのような灌漑設備もここには存在しません。
天から降ってくる雨水だけが、作物の命の綱です。 雨が狂えば、作物が枯れる。それはすなわち、家族が食べるものが明日なくなる、という現実をダイレクトに意味しています。
歴史的に二酸化炭素を大量に排出し、地球を温めてきたのは豊かな先進国です。
それにもかかわらず、その歪みによる環境破壊の直撃弾を真っ先に、そして最も過酷な形で浴びせられているのは、インフラの防衛体力を持たない途上国の田舎部であるという理不尽。
だから、変化に適応するための新しい作物を植えることは、理念ではなく明日の命を繋ぐための切実な防衛策なのです。

あなたたちのパトロンになる。「会議の時のソーダ代くらいなら払ってやる!」と盛り上げる。
なんかケニアっぽいなと感じました。彼の椅子だけ2段重ねで高くなっていたのは意図的だったのかな
板書を丸写しする手元と、抜群の積極性
会場には地域のグループから選ばれた農家たちが大勢集まり、熱気の中で講習が進んでいきました。
彼らの受講態度を後ろから眺めていて、 ノートの取り方が、驚くほど画一的で、正直あまり上手ではないと感じました。
講師が黒板に書いた文字は、一言一句漏らさず丁寧にノートへ書き写していきます。
しかし、講師が口頭で補足した実践的なアドバイスや、ディスカッションの中で出た重要な知恵などは、ほとんど手元にメモされることがありません。
おそらく、彼らが受けてきた初等教育のスタイルそのものが、黒板の文字をそのままノートに複写する詰め込み型の学習だったのでしょう。
教育の型というものは、大人になってもこれほどまでに身体に染み付いて離れないものなのかと考えさせられました。
ただ、インプットの記録はぎこちない反面、アウトプットの積極性は目を見張るものがありました。
講師から客席へ向けて質問が投げかけられると、全員が一斉に元気よく返事を返し、我先にと次々に手が上がります。
誰かに当てられれば、堂々と立ち上がって自分の意見を口にする。日本の教室にありがちな、誰も目を合わせようとせず沈黙が流れるあの気まずい空気感は、ここには1ミリも存在しません。
この前向きなエネルギーと発言へのハードルの低さは、彼らが持っているとても素晴らしい強みだと感じます。

天才的なファシリテーションと、2時間の「何もない」空白
もう一つ感心したのが、講師を務めていた現地のオフィサーたちのファシリテーション能力の高さでした。
参加者の集中力が途切れそうになると、絶妙なタイミングで小気味よい冗談を飛ばし、コール&レスポンスを挟み、会場全体を笑いで包み込みながらぐいぐいと話を引っ張っていく。 ケニア人って、全員が生まれつき司会進行の才能を持っているのだろうか。と疑いたくなるほど、どんなイベントであっても場を盛り上げ、空気を掌握するスキルが群を抜いて長けています。
講義そのものは知的好奇心を刺激される非常に実りある時間でした。
……しかし、相変わらず受け入れ難いのは、その前後に発生する途方もない「無駄な待ち時間」です。
講習自体はお昼過ぎに滞りなく終了しました。 よし、これで終わりと思った瞬間から、本当の耐久レースが幕を開けました。
そこから、丸々2時間以上もの間、会場に座らされたまま完全な放置状態に突入したのです。
待っていたのは、手配が遅れに遅れている昼食。
そして、行政から降りてきている予算による「参加者の登録」と「日当(交通費)の現金配布」の手続きでした。
効率性という概念を完全にどこかへ置き去りにしたような、このケニア特有ののんびりとした、あるいはルーズすぎる時間の浪費には、何度出くわしてもどっと精神的な疲れを奪われてしまいます。
朝の9時に家を出て、すべての段取りを終えて解放された頃には、時計の針は夕方の17時を回っていました。
丸一日がかりの長い長丁場でした。
