ルヤ語の洪水と、知っている言葉で歩み寄る朝
大豆トレーニングの2日目を迎えました。
今日も朝から会場へ足を運びました。
プログラムの朝一番は、昨日学んだ内容の振り返りセッション。
このパートの進行役を同僚から任されることになりました。
客席の農家さんたちに昨日のポイントを問いかけ、答えを引き出していくファシリテーション。
最初は英語と片言のスワヒリ語を交えながら順調にキャッチボールを重ねていました。
しかし、参加者の中には英語はおろかスワヒリ語も覚束ない、現地語(ルヤ語)しか話せない年配の農家さんたちが一定数います。
その様子を見かねてか、同僚が全員に向かって「ルヤ語で答えて!」 と客席に声をかけ、飛び交う言葉が、ルヤ語オンリーへと切り替わってしまいました。
見事に、1ミリも分からない…
スワヒリ語でさえ普段の生活の中で必死に食らいついている状態なのに、ルヤ語の語彙など持ち合わせているはずもありません。
正直なところ、この狭い地域でしか通じない教科書さえない言語をゼロから勉強する気力もありません。
壇上で完全にフリーズしかけた私を救ってくれたのは、近くに座っていた英語のわかる農家さんたちでした。
「彼はこう言っているよ」と、小声で英語に翻訳して耳打ちしてくれました。
その助け船に乗りながら、私が知っているわずかな単語を口にすると、会場のおばちゃんたちがパッと顔をほころばせ、どっと歓声を上げて喜んでくれました。
日本にいる時だって、外国人が拙い発音でも「ありがとう」「こんにちは」と日本語で話しかけてくれたら、それだけで無条件に嬉しくなるのと同じです。
すべてを完璧に理解することはできなくても、相手の言葉に自分から歩み寄ろうとする姿勢そのものが、人との距離を縮める一番の架け橋なのだと改めて感じさせられました。

「粉」と「油」の限界、そして海を渡った「Okara」
2日目のメインテーマは、収穫した大豆をどう加工して付加価値をつけるかという実践編でした。
講習を聞きながら、ケニアの食品加工のバリエーションの少なさに改めて直面しました。
大豆を使ったレシピとして紹介されるのは、焙煎して粉末にし、ウジ(穀物粥)に混ぜるか、小麦粉と混ぜてマンダジ(揚げパン)として油で揚げるか。基本的にはこの2パターンに終始してしまうのです。
日本のように、微生物の力を借りて発酵させ、時間をかけて旨味を引き出すというアプローチは、世界的に見れば決して当たり前の文化ではありません。
講義のテキストや講師の説明を聞いていると、大豆を指す「Soya」だけでなく、大豆ミルクを絞った後の残渣として「Ocala」という言葉がごく自然に使われていました。
昨日学んだSoyの語源(=醤油)に続き、「Ocala」までもがそのまま共通語として定着している。
海を越えたこのアフリカの田舎で、日本の食文化の足跡に何度も出くわすたび、「日本は本当に大豆を極め尽くした国なのだな」と誇らしい気持ちになります。
できることなら、この地でも味噌や醤油、あるいは豆腐のような発酵・凝固の技術を広げてみたいという野望も頭をかすめます。ただ、衛生管理や設備のハードル、何より現地の味覚の文脈を考えると、作るのも売るのも一筋縄ではいかないのが現実です。

あるもので何とかする、現場の知恵
加工の幅には少し物足りなさを覚えた反面、栽培管理や病害虫対策のセッションには、知的好奇心を大いに刺激されました。
高価な化学農薬は、農家自身の健康被害や発がんリスク、土壌破壊を招く最後の手段として位置づけられていました。
その手前で、身の回りにある素材と生態系の力をフル活用して作物を守る知恵が、惜しげもなく共有されていたのです。
害虫を見つけたら水や廃油を入れたペットボトルに落として捕殺する。
アブラムシを食べてくれるテントウムシは、農家の味方として畑で保護する。 畑に鶏を放して、作物を荒らす前の害虫やサナギを食べさせる。
そして、収穫後の乾燥度合いを測るための、塩と瓶のテスト。
高価な水分測定器などを持たない小規模農家のために、透明な瓶に大豆と乾燥した食塩を入れ、振って塩が豆にこびりつくかどうかで水分過多を見極めるという手法。
先端機器に頼るのではなく、手元にある道具と物理の法則を組み合わせて課題を解決する。
「ないなら、あるもので工夫する」というこの現場の知恵は、とても合理的で、美しく、見ていて本当に面白いものでした。

散らかったテーブルと、「いただきます」の誇り
昨日と同様に、夕方、用意された昼食を全員で食べて解散となりました。
周りの方がお皿を囲んで食事をしている様子を眺めていると、どうしても拭えない違和感があります。
めちゃくちゃ散らかっている。
ご飯をポロポロとお皿の外や机の上にこぼし、食べ残しを平気でお皿の端に放置する。 食べ終わった後のお皿が綺麗になっている人が、見渡す限り誰一人としていませんでした。
彼らに悪気があるわけではありません。 これが彼らが育ってきた文化であり、生活の当たり前なので、外から来た私が上から目線で正しさを押し付ける筋合いはないことも重々承知しています。
それでも、こればかりは、何ヶ月暮らしても心から馴染むことができません。
幼い頃から食卓で教え込まれてきた、「いただきます」と「ごちそうさま」という言葉。
命をくれた作物の背景にある自然に感謝し、料理を作ってくれた人に敬意を払い、最後の一粒までお米を綺麗にすくい取って空っぽになったお皿を差し出すこと。
その所作の美しさと精神性は、世界に誇るべき日本の素晴らしい文化なのだと、異国の散らかったテーブルの前で痛烈に再自覚させられました。
言語の壁に揉まれ、大豆のポテンシャルを学び、ローカルの工夫に感心し、そして自分の足元にある文化の誇りを見つめ直した一日でした。
