エボラ、大統領選、燃料危機―生き急ぐくらいがちょうどいい
昨日、ケニア国内でエボラ出血熱の感染による死者が確認されたというニュースが飛び込んできました。
現時点ではまだ状況を冷静に見守るフェーズです。ただ、もし今後感染が急速に拡大していくような事態になれば、お隣ウガンダの隊員たちがそうであったように、日本へ緊急国外退避を余儀なくされる可能性も十分にあり得ます。
外的なリスクは感染症だけではありません。
来年にはケニアの大統領選挙が控えています。私の暮らす任地マトゥングであっても、選挙前の7月頃から治安が不安定になり、地域がかなり荒れる見通しだと同僚や農家さんたちから日常的に聞かされています。
「プロジェクトは6月くらいまでに形にしておいた方がいい」と、周囲からも念押しされているのが現状です。
さらに、いわゆる途上国という場所は、グローバルな国際情勢の煽りをダイレクトに受けてしまいます。 例えば同じアフリカのマラウイでは、外貨不足や世界情勢の影響でガソリン価格がリッターあたり約500円超にまで高騰し、地方部では燃料そのものが手に入らなくなっているそうです。
今、私が立っている現場は、そういう不確実性のど真ん中です。
2年間の任期を無事に完走できること自体、決して当たり前ではありません。
明日、どんな角度から、どんな想定外の事態が降ってきて活動が中断されるか、誰にも予測がつきません。
もちろん、2年間の全体計画を逆算して描くことは大切です。
しかしそれ以上に、今目の前でできることを最大限にやり続け、前倒しできるタスクは力ずくでも前へ前へと繰り上げていくこと。
ケニアののんびりとした時間の流れに呑まれることなく、少し生き急ぐくらいのスピード感で走る。
その切迫感こそがちょうどいいペース配分なのかもしれません。
畑を見れば本気度がわかる。雨季の渇きと10万シリングの灌漑論
そんな緊張感を胸に抱きつつ、今日も朝からフィールドに出かけました。
午前中は農家さん3軒のもとを訪問日頃の課題をヒアリングしつつ、「私たちのプロジェクトで、一緒にキノコ栽培を始めてみませんか?」と口説き落とすための巡回です。
あちこちの農家を回っていると、畑の様子を一目見るだけで、その人の本気度がわかりません。
やる気のある農家さんの畑は、隅々まで本当に細やかな手入れが行き届いています。畝のラインが真っ直ぐに通り、雑草が刈り取られ、土がふかふかに整えられている。整えられた畑は美しいです。

ただ、どのお宅を訪ねても、異口同音に出てくる切実な言葉がありました。
Drought
時期的には、ケニアはすでに本格的な「雨季」に突入しています。農家たちも待ってましたとばかりに種や苗の植え付けを開始しているのですが、肝心の空から十分な雨が降ってこない。作物が思うよう根を張れず、成長が止まっています。
「灌漑を導入したいけど、お金がない」
農家さんはそうため息をつきました。
安価な資材も市場には存在します。しかし、日々の稼働にかかるランニングコストや、収穫量の跳ね返り(投資対効果)を計算すると、10万シリング(約12万円超)クラスのしっかりした設備を入れない限り、実質的な意味を成さないのだと話してくれました。
そこまで明確に、自分の畑の課題を把握し、必要な設備や数字を自力で調べ上げている事実に感心させられました。 感情論ではなく、課題をクリアに捉えられている彼のような熱心な農家こそ、ぜひとも仲間として巻き込みたいと思わされます。

浮かない顔のCBOリーダーと、課題を分解するミーティング
午後からは、月末にトレーニングの開催を計画している地元CBO(地域住民組織)のリーダーとミーティングを行いました。
顔を合わせた瞬間、彼の表情がどこか浮かない色をしていることに気づきました。
「研修を延期した方がいいかもしれない……」と、弱気な切り口で話し始めたのです。
しかし、彼の話にじっくり耳を傾けてみると、延期に追い込まれるような致命的で明確な問題が起きているわけではありませんでした。漠然とした不安や、何から手をつければいいか分からないタスクの多さに圧倒され、足がすくんでいただけ。
山積みに見えている課題を一つずつ細かく分解していきました。
そして、それぞれの課題に対して、現実的な選択肢をいくつか提示し、机を挟んで議論を重ねていきます。
次第に、絡まった糸を一本ずつ解きほぐれ、彼の表情からも強張りが消えていきました。最終的には、双方が取るべきネクストアクションがクリアになり、「これなら予定通りの日程で開催できそうだね」という前向きな結論で着地することができました。
建設的で実りあるディスカッションができた手応えを感じます。もちろん、実際に動かせばまた新たなトラブルが噴き出してくるはずですが、その都度一つひとつほどき、前へ進めていきます。
路上に湧いたクンビクンビ(羽蟻)と、生魚を嫌がるケニア人
ミーティングを終えて家路を歩いていると、道路のあちこちで異様な光景に出くわしました。
「クンビクンビ」の大量発生です。
雨季の始まりに合わせて一斉に土の中から這い出してくる、羽蟻たち。
見渡すと、道行く村人たちがしゃがみ込み、地面を這う羽蟻たちを手際よく掴み取っては、次々とそのまま口へと放り込んでいました。 中には、虫取りネットを使って器用に大量捕獲し、バケツいっぱいに詰め込んでいる猛者もいます。聞くところによると、この羽蟻、市場へ持っていくと「1グラスあたり50シリング」という、なかなかのいい値段で取引されるのだそうです。
私も彼らに混ざって一緒に食べます。
生きている虫を歯で噛んだ命を奪う感覚は、不思議なものです。
味は、特別に美味しいわけでもなければ、不味くもない。ただ、タンパク質や脂質などの栄養が豊富に含まれているため、貴重な滋養強壮の源になるのはよく分かります。
日本人はきっと嫌悪感を感じる人が多い昆虫食。
しかし、ケニア人に「日本人は生魚を食べる」と話すと、決まって彼らは顔を歪め、「信じられない、気持ち悪い」と嫌悪感を露わにします。
生きた虫を平気で丸呑みできる人々が、新鮮な魚の刺身には激しい拒絶反応を示す。
どちらが優れているかという話ではなく、結局のところ文化や習慣の違いに過ぎません。
人間という生き物は、自分が育ってきた環境の中に「ないもの」、生活の文脈として「知らないもの」に対して、本能的な恐怖や嫌悪感を抱くようにできているのでしょう。
食の境界線の可笑しさを噛み締めながら、部屋へと辿り着きました。
国内のエボラの影も、大統領選のタイムリミットも、すべて引き受けて。
生き急ぐべき理由が揃っているからこそ、明日もまた、頑張ります。
