ヨーロッパのような朝と、7時開始のケニアタイム
朝。昨晩泊まらせてもらったカカメガの隊員宅で目を覚ましました。
窓から柔らかい朝日が差し込み、テーブルの上にはヨーグルトとパン、そして熟したバナナが並ぶ。
普段のマトゥングでのバケツ給水の日常を思うと、まるでヨーロッパの田舎町でバカンスを過ごしているかのような、贅沢で優雅な朝食のひとときでした。

腹ごしらえを済ませ、歩いてフォーラムの会場へと向かいました。
招待状には「7時開始」と堂々と書かれていましたが、ここはケニアです。
7時きっかりに何かが始まるわけがないと勘を働かせ、8時過ぎくらいを目処に会場へと滑り込みました。
会場に到着して、少し身構えました。 私が勝手にイメージしていたあちこちにブースが立ち並ぶ賑やかな展示会ではなく、登壇者が壇上に立ち、参加者が耳を傾ける、想像以上に厳かなビジネスフォーラムそのものだったからです。
予想通り、実際のアジェンダがスタートしたのは8時半を過ぎた頃でした。
ここから、少しのティーブレイクを挟みつつ、夕方の15時半に至るまで、ひたすら壇上でのプレゼンテーションが続く長丁場が幕を開けました。
eTIMSと税金のリアル、銀行支部長に挟まれた最前列
普段、私は村の農家さんたちとばかり土の上で向き合っています。
だから、行政や企業、金融機関といった別のステークホルダーの視座から語られる市場の話は、新鮮で好奇心を刺激されました。
壇上で最も熱っぽく語られていたテーマの一つが、「eTIMS(ケニア歳入庁の電子税務インボイスシステム)」の導入についてでした。
正規のビジネスとして取引を行い、販路をスーパーや大型ホテルへ拡大していく上で、この電子インボイスの壁をどうクリアするかは避けて通れない現実的な課題です。
会場にいた登壇者が、「税金の話を真剣にしないビジネスイベントなんて、シリアスじゃない」と言い放っていましたが、まさにその通りだと深く納得させられました。事業をスケールさせ、公的なサプライチェーンに組み込んでもらうためには、栽培技術だけでなく、こうした制度設計への理解が不可欠です。
フォーラムの途中で、スタッフから手招きされ、前列の来賓・支援者席へと案内されました。
気がつけば、地元の銀行のカカメガ支部長たちに両脇を挟まれるという、なかなかに緊張感のあるポジションに座らされていました。
隣に座る彼らの手元に目をやると、最新のiPhoneを軽やかに操作し、壇上の発表を聞きながら手元でAIに質問を投げてリアルタイムで議論を整理していました。 マトゥングの村にいると見失いがちですが、ここケニアにも、テクノロジーを最先端で使いこなし、スマートに意思決定を下すアッパーなビジネス層が確かに存在している。その層の厚みを間近で実感しました。

突然の5分間ピッチと、エレベーターピッチの誓い
会の終盤、主催者側の計らいで、私にも壇上で話す機会が巡ってきました。
マイクを握り、私たちがマトゥングで取り組んでいるキノコ栽培のポテンシャルや、これから描こうとしている共同出荷のモデルについて、知っている言葉を総動員してアピールしました。
しかし、話し終えて席に戻った瞬間、悔しさが込み上げてきました。
時間が、圧倒的に足りない。
言いたいことの半分も伝えきれないまま、持ち時間が過ぎ去ってしまった感覚でした。
原因は時間の短さではありません。私の「準備不足」に尽きます。
相手が誰であれ、どれほど時間が短かろうと、エレベーターに乗っているわずか数十秒から数分の間でプロジェクトの核心と魅力を過不足なく相手の脳裏に焼き付ける「エレベーターピッチ」。 いつでも、どんな場所であってもそれが完璧にこなせるレベルまで、自分の中でプロジェクトの言語化と優先順位の整理を極限まで研ぎ澄ましておかなければならない。突然訪れたチャンスの舞台で、自らの解像度の甘さを痛烈に思い知らされました。

慣れない空間の疲労と、数打つ投資の美学
丸一日、スーツ姿の大人たちに囲まれ、英語とスワヒリ語が飛び交う濃いプレゼンを浴び続けた一日。
会場を出る頃には、畑で鍬を振り回した日とは全く質の異なる、頭の芯がずっしりと重くなる強烈な疲労感に包まれていました。
今日壇上で話したこと、名刺を交わした相手との繋がりが、明日すぐに目に見える契約や売上となって返ってくる保証はどこにもありません。
おそらく、大半はそのまま何事もなく流れて消えていくでしょう。
ただ、それでいいと思います。
コミュニティ開発であれ、ビジネスであれ、100発100中のスマートな正解を当てることなど不可能です。
たくさんの打席に立ち、とにかく数を打ち続ける中で、いつかポツリと1つの大きな当たりを引き寄せる。今日のフォーラムへの参加も、そのための時間とエネルギーの投資です。
今日感じた5分間の悔しさを燃料にして、手元のピッチ資料と言葉をもう一段磨き上げること。
頭を使い果たした心地よい重みを抱えながら、週末に向けてしっかりと息を整えます。