不在の菌床と、伴走の引き際――支援が空回りしないための選択
朝、収穫のためにキノコ農家さんのもとへ向かいました。
しかし、栽培部屋の前に到着しても、農家本人の姿がどこにも見当たりません。
棚を見渡すと、収穫期を迎えたキノコがいくつか顔を出していました。
それらを手早く摘み取りながら、胸の奥に問いが去来します。
(もし今日、私がここに来ていなかったら、このキノコたちは収穫すらされずに放置されていたのだろうか)
その後、事務所で同僚オフィサーと合流し、この状況について率直に話し合いました。
「今、自発的に手を動かしてやる気を見せている別の農家さんに、私たちの時間とリソースを集中させた方がいいかもしれないね。」
自走できるようになるまで丁寧に寄り添い、伴走したいという気持ちはもちろんあります。、当事者の中に「自分の力で生活を良くしたい」という熱意や責任感が存在しない以上、外の人間がいくら手厚くお膳立てをしたところで、結局は支援者側だけが一人で空回りして終わってしまいます。
相手の課題を、私が代わりに背負い込むことはできません。
当事者意識のない相手を無理やり引っ張り回すのは、支援ではなくただの自己満足であり、エネルギーの浪費です。
自分で全責任を背負い、自分の手先だけで全部完結させられたら、どれほど楽だろうか…
ふと、そんな思いが頭をよぎることもあります。
他人のモチベーションに左右されず、自分の思い通りにプロジェクトを動かせる民間ビジネスの方が、精神的なストレスはずっと少ないはずです。しかし、他者の自立を促し、地域に仕組みを残すという協力隊の活動を選んだ以上、動かない相手との距離感を見極め、時には引き際を決断することも、避けては通れない難しさなのだと実感させられれいます。
即レス業者の顧客満足度と、金曜礼拝前の「勧誘」
午前中のモヤモヤを頭の隅に整理し、隣町ムミアスへと足を伸ばしました。
目的は、ファーマーズマーケットに向けて、いちごジャム用のガラス瓶を受け取ることです。
一昨日、大手のサプライヤーに連絡して発注したばかりでしたが、昨日にはすでに現地の拠点へ届いていました。
この圧倒的なスピード感には、心底助けられました。
前職の営業時代、「即レス」のの重要性は先輩から口酸っぱく言われていた記憶が蘇ります。
当時は早く返信するくらいで何が変わるのだろうと軽く考えていた部分もありました。
しかし、こうしていざ自分が「買い手」の立場になってみると、その真意が骨身に染みて理解できます。対応が早く、頼んだものがすぐに手に入る業者とは、それだけで圧倒的に仕事がしやすい。余計な確認や待ち時間のストレスがないだけで、絶大な安心感と信頼が生まれます。
「次もまた、この業者にお願いしよう。」
顧客満足度の本質は、小手先の営業トークではなく、こうしたレスポンスの早さという誠実さに宿っているのだと、ずっしり重い段ボールを抱えながら身をもって学びました。

受け取りを終えて大きな荷物を前に途方に暮れていたところ、偶然通りかかった友人とバッタリ遭遇しました。
「家まで送ってやるよ!」と快く荷物ごと車に乗せてくれました。ケニアの田舎で暮らしていると、こういう人の温かい縁に本当に何度も助けられます。
帰り道、彼の提案で少し寄り道をすることになりました。金曜日の午後。
ちょうどイスラム教の「金曜礼拝」が始まる直前の時間帯で、近所の人たちがお茶を囲んで談笑していました。
礼拝に入る前、彼らは「ウドゥ」と呼ばれる儀礼に従い、水を使って顔や手、足を丁寧に洗い清めていきます。
その清らかな所作を眺めながら、「水不足で断水が頻発するこの地域で、毎日何度も身体を清めるための水を確保するのは、信仰のためとはいえ本当に大変な生活の工夫が必要なのだろうな」と、妙なところに感心してしまいました。
チャイを啜っていると、輪の中にいた一人から「お前もムスリムにならないか?」と満面の笑みで誘われました。 もちろん丁重にお断りしましたが、彼らの屈託のないオープンさと、異教徒の私をも温かく輪の中に招き入れてくれる懐の深さには、胸がじんわりと温かくなりました。

休めない性分と、毎週「やり切った」と言える心地よさ
夕方、農業事務所へ立ち寄りました。
来週からいよいよ本格化する10月のスケジュールを同僚たちと確認します。 ビジネスフォーラム出展をはじめ、毎週のように外部イベントや展示が目白押しです。段取りの抜け漏れがないよう、ToDoリストをチェックして、夕暮れの我が家へ帰宅しました。
朝の出発前は、今日は早めに用事を済ませて、家の中で静かにPC作業でもしようと計画していたはずでした。
しかし、蓋を開けてみれば、朝から夕方まで足をとめることなく、結局丸一日中現場を駆け回り続けていました。
じっと部屋の中で休むということが根本的に下手な性分のようです。
次々と目の前に現れる課題やチャンスを前にすると、身体が勝手に反応して外へと飛び出してしまいます。
疲労感がないと言えば嘘になります。頭も足の裏はずっしりと重い。
それでも、胸の中には爽快感が広がっていました。
今週も、迷いながら、怒りながら、笑いながら、全部の時間を使い果たしてやり切った。
最近の私は、毎週金曜日の夜を迎えるたびに、この今週もやり切ったもという手応えを噛み締めることができています。 悔いなく一日を使い切り、空っぽになったバッテリーを抱えて週末を迎える。
この生き方のリズムは、我ながら悪くない、とても健全で贅沢な日々の手触りです。
来週もまた、思い切り楽しんでいきます。

マーケットのオマケしてくれるおばあちゃんにいつも癒される。