【ケニア派遣289日目】「辛くなったらいつでも来ていいから」に泣きそうになった日。

ケニア派遣289日目。昨日から続く断水と停電の過酷さに直面しながら、洗濯機なき手洗いに励む朝。いちご畑の果実不足に申し訳なさを抱くなか、農家さんからかけられた「最後まで一緒にやり切ろう、辛くなったらいつでも来て」の言葉に胸を熱くします。午後のジャム試作と病みかけた心を救う電話、夜の農業隊ゼミで学んだ「ネットにない情報格差の制し方」を綴ります。

水も電気もない部屋と、農家さんの「辛くなったらいつでもおいで」

昨日から、我が家の電気も水も完全に止まったままです。

苦しい。いやー、本当に苦しい。

蛇口をひねっても乾いた空気が抜ける音しかしません。冷たいバケツの残り水を使って手作業で洗濯物を押し洗いしながら、頭を空っぽにしてぼーっと物思いに耽っていました。ナイロビのあの快適なホテル生活との落差が、身体の芯にずっしりと重くのしかかってきます。(あの生活を挟むのは、逆に良くなかったかも、、、)

しかし、フィールドへ出て農家さんたちと言葉を交わしていると、不思議と身体の奥からエネルギーが湧き上がってくるのを感じました。やっぱり、人と直接会って話す時間は何よりの活力源です。

病院のプロットも、パートナー農家さんの畑も、巡回してみると日々のメンテナンスを驚くほどきっちりと続けてくれていました。雑草を抜き、土の手入れをして、大切に株を守ってくれています。

ただ、畑を見渡すたびに、胸の奥がきゅっと痛みます。

いまだに、成っているフルーツの数が圧倒的に少ない。

日当たりの問題なのか、土壌のリン酸不足なのか、それとも最近の乾燥と気候の影響なのか。原因を頭の中で必死に探りながらも、一生懸命に手を動かしてくれている農家さんたちの姿を見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまいます。これだけの収量では、まだ他の農家へ大々的に活動を広げるわけにはいきません。

そんな申し訳なさと焦りを抱えながら、作業の合間にふと「途中で活動を投げ出して帰ってしまうボランティアも、中にはいるらしい」と弱音混じりの雑談を口にしました。

すると、農家さんは私の顔を真っ直ぐに見つめて、穏やかな笑顔でこう言ってくれました。

「ヤストモは、最後まで私たちと一緒にやり切ろうね。もし活動が辛くなったり、寂しくなったりしたら、いつでもうちに来ていいから」

その温かい言葉を聞いた瞬間、本当に泣きそうになりました。

成果が出ていないにもかかわらず、私という人間を信じ、味方でいてくれる現地のパートナー。この人たちのためにも、中途半端なところで逃げ出せないし、適当なことはできない。
絶対に形にして恩返しをしたいです。

覚悟改め、気合いを入れて作業をしていましが、任地の昼間はとにかく暑い。ナイロビとはだいぶ気候が違います。危うく倒れそうでした。

試作のいちごジャムと、病みかけた心を救った1本の電話

午後に帰宅してからは、キッチンに立って「いちごジャム」の試作に取り組みました。

生鮮のフルーツだけで勝負するには収量が足りないため、今採れている果実を加工品へとピボットさせて付加価値をつける作戦です。

その後は、数日間任地を空けていたツケを払うように、溜まりに溜まっていた連絡業務を片付けました。
WhatsAppを開いてメッセージを返し、関係各所へ電話をかけ、スケジュールの調整を進めました。

一通りのタスクを終えてふっと息を抜いた瞬間、ドッと疲労感が押し寄せてきました。

電気が通っていない薄暗い部屋。 水も出ない。暑い…

椅子に深く腰掛けたまま、30分ほど思考が完全に停止し、危うく深いネガティブの渦に飲み込まれて病みそうになっていました。

旅の疲れと、現場の焦りと、劣悪なインフラ。

一人で抱え込んでいると、心の隙間からスッと暗闇が侵入してきます。

そんな限界寸前のタイミングで、ポケットのスマートフォンが勢いよく震えました。
画面を見ると、これから一緒にきのこ栽培をする農家さんからの着信。
電話に出てみると、相手の声は驚くほど弾んでいました。

「きのこ栽培に向けて、材料の仕入れについて聞きたいことがあるんだけど!」

指示を待つのではなく、自身が自分たちのビジネスとして捉え、自発的に材料を揃えようと動いてくれている。 受話器の向こうから伝わってくるその前向きな熱量に触れ、部屋に立ち込めていたモヤが吹き飛んでいくのが分かりました。

農家さんの主体的な一歩が、何よりの特効薬でした。

ネットにない現地の知恵――「情報格差」という名の勝負どころ

夜は、ケニア各地で活動する農業関係の協力隊員が集う、オンラインの自主ゼミに参加しました。

今回のテーマは、「どうやって現場の情報を獲得するか」。

これは、非常に学び深い、面白い時間でした。

日本であれば、大抵のことはスマートフォンで検索したり、AIに聞けば、一瞬で詳細なデータが手に入ります。しかし、ここケニアの地方部において、現場で本当に役に立つリアルな情報は、インターネットのどこを探しても転がっていません。Webサイトが存在しないどころか、公的な統計データすら現場の実態とはかけ離れていることが日常茶飯事だからです。

この国において、価値ある生きた情報はすべて「人」の中に眠っています。

だからこそ、日頃のフィールドワークで「誰がキーパーソンなのか」「誰が本物の経験知を持っているのか」を見極め、その人の懐にどう飛び込むかという経験値の差が、活動の成果を決定づけます。

「情報格差」は、特にコミュニティ開発隊員の活動における勝敗の分かれ目になります。

足を使って人に会い、人づてで泥臭く本物のネットワークを手繰り寄せること。先輩隊員たちがそれぞれの現場で培ってきた泥まみれの知恵をインストールさせてもらい、自分のこれからの動き方の解像度が上がりました。

水も出ず、電気もつかない不便な火曜日。
花が咲かない悔しさや、暑さによる疲弊、病みかけた夕暮れも含めて、今日も感情の振れ幅が大きい一日でした。

でも、背中を押してくれる農家さんの言葉と、次の一手を照らしてくれる仲間の知恵がある。

鍋の底に残った甘いジャムの香りを噛み締めながら、明日もまた、私にできることを積み重ねていきます。