徹夜のあんこと、直前まで続いたドタバタの舞台裏
今日は、盆踊りの本番当日を迎えました。
午前中は昨日に引き続き、開場に向けた最終準備の時間でした。
昨日の仕込みの段階で、用意していたカスタードクリームがシャバシャバになってしまい、食品として使い物にならないという大ピンチに見舞われていました。
その窮地を救ってくれたのは、他のボランティアの方の凄まじい献身でした。 なんと、ほぼ寝ずに夜通しで大量のあんこを手作りして持ってきてくださったのです。 このあんこがなければ、今日のたい焼き屋台は開店休業状態に追い込まれていたはずです。本当に頭が上がりません。
会場全体の設営も、開場の直前まであちこちで怒涛のバタバタ劇が繰り広げられていました。 機材の調整、導線の確認、屋台の準備。 誰もが息をつく暇もなく動き回っていましたが、時計の針が開場時刻を指し、ゲートが開くと、その慌ただしさは一気に別のエネルギーへと塗り替えられていきました。

役に立たない焼き手と、すぐ目の前にある「ありがとう」
ゲートが開くやいなや、会場には途切れることなく次々と人々が吸い込まれるように入ってきました。 1時間もすると見渡す限りの大盛況です。
肝心の私の持ち場であるたい焼きブース。 正直なところ、私自身はたい焼きを焼き上げる技術においては、驚くほど何の役にも立ちませんでした。
そこで私は、接客と現場のオペレーションに自分の全エネルギーを注ぎ込むことにしました。
買いに来てくれたお客さん一人ひとりに笑顔で手渡していく。 焼きたてをその場で頬張り、「すごく美味しい!」と目を丸くして喜んでくれる表情。
道案内を頼まれて場所を教えたり、手で持っているゴミを回収したりした時に、現地の人や外国人から返ってくる「ありがとう」の一言。
提供した価値に対して、ダイレクトに感謝の言葉が返ってくる距離の近さ。
人と向き合う現場ワークの何よりのやりがいです。
中には、味を気に入って一度に10個もまとめ買いしてくれる豪快なお客さんも現れ、屋台は大忙しながらも最高に楽しい時間を駆け抜けました。

「ああ、幸せだな」と言葉が漏れた、多国籍な多幸感
会場には、実に多様なバックグラウンドを持つ人々が集まっていました。
地元のケニア人、在留日本人、中国系の人々、そしてヨーロッパ各地からやってきた人々。
あちこちからスワヒリ語、英語、日本語、スペイン語、中国語など、無数の言語が心地よいざわめきとなって耳に飛び込んできます。 人種も、国籍も、普段話している言葉も全く違う人々が、日本の屋台メシを食べ、アニメの話題で盛り上がり、太鼓の音色に合わせて笑顔を交わし合っている。
文化というものは、これほどまでに軽やかに、理屈を超えて人々を一つに繋ぎ止めることができるのか。
見渡す限りに広がる笑顔と活気。
熱気あふれる会場を歩き回りながら、無意識のうちに、「ああ、幸せだな」 という言葉が、何度も口から自然と溢れ出ていました。
アフリカの土の上に出現したその空間は、混じり気のない純度100%の多幸感で満ちていました。

文化祭レベル100の狂宴と、夜空を焦がす花火
日が沈み、あたりが夕闇に包まれると、屋台の食事提供が一段落し、いよいよメインイベントである盆踊りの幕が上がりました。
櫓の周りに幾重もの人の輪ができ、音楽に合わせて踊り始める。 その時間は、およそ1時間半にも及びました。 普通なら途中でダレてきそうな長丁場ですが、時間が経つにつれて会場のボルテージは右肩上がりに急上昇していきました。 太鼓の力強い重低音、空間を掌握するプロのDJの選曲。 関わっている関係者全員の「本気」が、ビンビンと肌に伝わってきます。

大人が、お金をかけ、時間をかけ、持てる知恵と体力をすべて注ぎ込んで本気で作った巨大な遊び場。
学生時代の文化祭を、スケールもクオリティも極限まで研ぎ澄ませた”文化祭レベル100”のような狂宴でした。
そして迎えたフィナーレ。 ケニアの夜空を切り裂くように、色鮮やかな大輪の花火が打ち上がりました。
響き渡る轟音と、夜空を見上げる人々の歓声。 熱気は最高潮に達し、花火が消え去った後も、会場を支配した興奮の余熱はなかなか冷める気配がありませんでした。(中々、人が帰らず困りました。)
場を盛り上げる天才的な運営メンバーと、少し個性的だけど底抜けに温かくて気持ちのいいボランティアの仲間たち。彼らと一緒に同じ汗を流し、この熱狂の渦の中に飛び込めたことは、本当にかけがえのない時間でした。
参加して、心から良かったです。
全身を心地よい疲労感で満たしながら、この異国の夜に生まれた確かな熱を、身体の奥底にしっかりと刻み込みました。
やり切った後に食べた余物のとうもろこしとラーメンは、ちょっと泣きそうになるくらい美味しかったです。
