40分の板書と、決められた環境で戦う教員隊員のリアル
午前中は、学校で教師として活動している同期隊員の任地を訪ねました。
実際の授業を見学させてもらいましたが、現場の教育環境の厳しさに息を呑みました。
1コマの授業時間は40分。しかし、日本のように明確な休み時間が設定されているわけではないため、前の教室からの移動時間も含めての40分です。実質的に授業に使える時間はもっと短くなります。
さらに過酷なのは、生徒のほとんどが自分の教科書を持っていないという現実でした。
教科書がないため、先生は黒板に問題文や解説をすべて手作業で板書しなければなりません。そして、生徒たちはそれをノートに書き写す。その書くスピードが、驚くほどにゆっくりです。板書をして、書き写すのを待っているだけで、あっという間にチャイムが鳴ってしまいます。
これでは、新しい内容を進めるのは本当に厳しいな……
生徒たちの様子も二極化していました。
あまりやる気がなさそうに机に突っ伏している多数と、前のめりで学ぼうとするごく一部の生徒。先生が教室全体に質問を投げかけても、反応するのは決まって毎回同じ生徒ばかりでした。
この環境の中で教育を届けることの難しさを、まざまざと見せつけられました。

私のコミュニティ開発という職種は、誰と組み、どこへ足を運び、どんなプロジェクトを仕掛けるか、活動場所を自分の裁量である程度自由に選ぶことができます。
一方で、教員隊員にはあらかじめ決められた「学校」「教室」という枠組みがあり、逃げ場がありません。どんなにインフラが過酷であっても、どんなに生徒たちの学習意欲に差があっても、その定められた制約の中で結果を出さなければならない。
赴任当初は、「毎日行くべき現場と明確な役割が決まっていて羨ましい」と感じたこともありました。しかし、自由がない中で不条理と向き合い続けるプレッシャーは相当なものです。
どこに身を置いていても、それぞれに異なる種類の重たい戦いがあるのだと実感しました。

出会って1年の安心感と、密度の濃い仲間たち
午後からはナイロビの中心部へ戻り、同期隊員数人と合流してお茶をしながら談笑しました。
顔を合わせた瞬間、身体の奥からふっと余計な力が抜けていくような、圧倒的な安心感に包まれます。
まるで実家に帰ってきたかのようなホーム感です。
よく考えてみれば、日本での訓練所で出会ってからまだ1年。任地に散らばって本格的に連絡を取り合い始めてから数えれば、まだ9ヶ月ほどしか経っていません。
それなのに、これほど深い信頼と居心地の良さを覚えるのは、やはり異国の厳しい環境の中で同じ時間を駆け抜けている密度の濃さゆえなのでしょう。
他愛もない近況報告やくだらない雑談を交わすだけで、擦り減っていた心のエネルギーが自然と満たされていくのを感じました。
1泊120ドルの異世界と、歪みのないホテル
夕方、今夜宿泊するホテルへと向かいました。
今週末の土曜日に開催される大規模な「盆踊り」イベントにボランティアとして参加するため、主催者側が関係者用として手配してくださった宿です。
宿泊費は、1泊120USD。
エントランスに足を踏み入れた瞬間、髭坊主の風貌をした自分が場違いに思えて、少し気恥ずかしくなってしまいました。
チェックインを済ませると、ポーターが当たり前のように私の重い荷物を抱えて部屋まで案内してくれます。案内された部屋の扉を開けると、大人3人が余裕で泊まれそうな広々とした空間が広がっていました。
館内には本格的なトレーニングジム、屋上には見事なプール、さらにはサウナまで完備されています。

そして何より圧倒されたのは、バスルームでした。
温かいお湯が、信じられないほどの力強い水圧で吹き出してくる。
途中でぬるくなったり、チョロチョロと途切れたりすることもなく、何分間でも勢いそのままに流れ続けます。
それだけではありません。 建物の隅々まで埃ひとつなく掃除が行き届いており、壁もドアも家具も、どこを見渡してもまっすぐに整っています。何かが壊れていたり、歪んでいたりすることが当たり前の世界に慣れきっていた目には、その精緻な施工そのものが異様な光景に映りました。
これが、首都ナイロビのもう一つの顔でした。
十分なお金さえ支払えば、先進国と何一つ変わらない、一切の不満のないVIPな生活を完璧に享受できる。
1泊120USDという金額は、今のケニア生活の金銭感覚からすれば目を見張るような大金です。
しかし、欧米の大都市へ行けば、このクオリティのホテルにこの価格で泊まることなど到底できません。そう考えると、グローバルな視点で見ればむしろ割安ですらあります。
蛇口をひねっても水が出ず、電気が消え、バナナの葉で小屋の温度を下げているマトゥングの日常。
当たり前になりすぎてすっかり順応していましたが、自分は普段、過酷なサバイバルを生きているのだと、澄んだお湯に打たれながら改めて思い知らされました。