【ケニア派遣272日目】ウルトラマンの10分間と「ムズング対決」。ボコボコのピッチで痛感した環境の壁

ケニア派遣272日目。標高2,200mのエルドレットで練習試合に出場。カラータイマーが鳴るウルトラマンのように最後の10分だけピッチに立つも、ボコボコピッチと空気の抜けたボールがフィジカルを支配する現実に直面。「ムズング対決」の珍劇やFacebookでのプチバズり、そして任期後の現地永住を見据えて動く先輩隊員の圧倒的な熱量に背中を押された一日。

ウルトラマンの10分間と、フィジカルが支配するピッチ

昨日に引き続き、エルドレットでのサッカーの現場へ。

今日は地元のチームとの練習試合でした。

昨日痛感した通り、標高2,200mの高地では驚くほど息が続きません。
とてもフルで走り抜く体力はないため、2試合あったうちの最後の10分間だけ出場させてもらうことにしました。活動限界が迫ったウルトラマンのような状態です。ピッチに入って数分も経たないうちに、胸の奥でカラータイマーがピコンピコンと警告音を鳴らし始めます。

出場した10分間でボールに関われたのはほんの数回でした。一度、逆サイドから絶好のクロスが上がってきて決定機が訪れましたが、蹴る直前にボールがイレギュラーに跳ね、脛に当たってボールは空遥か彼方へと大きく吹き飛んでいきました。悔しすぎて頭を抱えてしまいます。

いつかある程度しっかり期間を取って高地順応のトレーニングを積み、万全のコンディションを作ってリベンジしたいところです。
不甲斐なさは残るものの、ボールを蹴る時間そのものは文句なしに最高でした。

しかし、ベンチから試合を眺め、戦術や局面について言葉を交わしている時間も、面白いものでした。
サッカーは、考えれば考えるほど奥が深いスポーツです。

ただ、目の前のピッチを見つめていると、途上国におけるサッカーのシビアな現実に直面せざるを得ません。

足元はボコボコのグラウンド。
そして、使われているのは空気がパンパンに入りきっていない重たいボール。

このような劣悪なコンディションのなかでは、どれだけ頭の中で高度な戦術やパスワークを描いたところで、最終的には「蹴って、競り合って、走る」という剥き出しのフィジカルがすべてを制してしまいます。戦術よりも個の身体能力がゲームを破壊してしまう構図には、悔しさを覚えつつも、これが現場のリアルなのだと納得させられます。

対戦相手はケニア国内リーグの6部や3部といったカテゴリーの選手たちでした。
各レベルで強度の違いこそあれど、基本的な技術のレベルには目を見張るものがあります。

(この選手たちが、もし日本やヨーロッパのような平らで美しい天然芝の上でプレーできたら、一体どれほど化けるのだろうか)

劣悪な環境でも逞しくボールを追う彼らへの深いリスペクトと同時に、設備や環境のせいで持って生まれたポテンシャルを完全には解放しきれていないもどかしさが、胸を締めつけます。

日焼けがやばすぎて、ほぼ火傷です。太陽が近い。

本名「ムズング」とのマッチアップと、Facebookの洗礼

今日の試合中、ピッチ上で笑ってしまう面白い出来事がありました。

途中出場した私のマッチアップの相手。
周囲のチームメイトが彼のことを「ムズング(スワヒリ語で白人・外国人を指す言葉)」と呼んでいたのです。 肌の色はどこからどう見ても真っ黒なケニア人。聞くと、「ムズング」というのが彼の本名なのだそうです。

外国人である私(リアル・ムズング)と、名前がムズングの現地選手による「ムズング対ムズング」の直接対決。

ピッチの周りで見ていた観客たちも、この珍しい構図に大盛り上がりで、とても楽しそうに歓声を上げていました。
当の本人は信じられないほど気さくでナイスガイな選手で、激しい競り合いの最中にも笑顔で私の頭を優しくポンポンと叩いてくるなど、ピッチの上で温かいコミュニケーションを交わすことができました。

しかし、アフリカのSNSカルチャーの洗礼は、試合が終わった夜にやってきました。

夕食後にFacebookを開くと、私の知らないところで撮影された試合中の写真が投稿されていました。
投稿を見てみると、すでに1,000件近い「いいね」が集まっており、コメント欄も大量の書き込みで埋め尽くされていました。

コメントを読んでみると、なかなかに口の悪い辛辣な内容も並んでおり、「プチバズり」を起こしていました。ケニアのネットユーザーたちにとって、ローカルな試合に外国人が混ざって必死に走っている姿は、格好のネタなのでしょう。プライバシーの境界線の緩さには苦笑いするしかありませんが、これもまたケニアらしい奔放さです。

先輩隊員の圧倒的な熱量と、永住への覚悟

夜は、先輩隊員の方と、遅い時間までじっくりと言葉を交わしました。

そこで聞かせてもらった彼のビジョンと行動力には、言葉を失うほどの衝撃を受けました。
彼は協力隊としての2年間の任期を終えた後、一度日本へ戻り、再びこのケニアの地へ戻ってきて、永住することが決まっていました。

すでにファウンダーたちとリレーションを築き上げ、ビジネスやプロジェクトの具体的な交渉を重ね、着実に形にしていました。

その圧倒的な実行力と、並外れた熱量。

目の前で覚悟を決めて突き進む先駆者の姿に、完全に圧倒されました。

自分自身の現在地を振り返ると、まだまだ甘い部分や、現場で足踏みしている瞬間がたくさんあります。
それでも、こうして異国の地で本気で生きる仲間のエネルギーに直接触れられたことは、何物にも代えがたい刺激となりました。

ボコボコピッチでの悔しさ、ピッチで交わした笑顔、そして先輩の熱い覚悟。

エルドレットで浴びた強烈な熱気をしっかりと自分の中に落とし込み、週明けからのマトゥングでの活動へ向けて、気持ちを力強く引き締め直します