【ケニア派遣271日目】標高2,200mの洗礼とポルシェが走る街。発展するエルドレットで肺を焼いた金曜日

ケニア派遣271日目。午前はCanvaでのデザイン制作とAIとの付き合い方を考察。深刻な乾燥によるキノコの発芽不良に直面しつつ、ルト大統領のお膝元で急発展する高地都市エルドレットへ移動。街で見かけた高級車ポルシェや、標高2,200mでの過酷なサッカー練習の息切れ、絶品中華を囲みながら観察した現地の食習慣を綴ります。

Canvaのデザインと、AIとの「ちょうどいい距離感」

午前中は部屋にこもり、PCを使って作業に没頭しました。

今日の主な作業は「デザイン」。

デザインツールのCanvaを開き、手を動かしていきます。
最初はAIに良い感じのレイアウトやビジュアルを出力させようと試みたのですが、どうにも自分の意図する細かなニュアンスが再現できなかったため、結局は実機でイチから手作業で組み上げていくことにしました。

実際に手を動かしてみて改めて痛感したのは、自分にはセンスがないこと(あるいは経験が足りなすぎること)。

頭の中に描いている完成図と、実際に画面の上に出来上がるものの間にある微妙なズレ。
ものづくり自体はとても楽しい。ただ、自分の思い通りに美しく整えられないもどかしさがあり、プロとの間にあるスキルの差を感じざるを得ません。

これからのクリエイティブとの向き合い方としては、AIにアイデアの種や構成のベースを出してもらい、そこへ自分の手で血肉を通わせて微調整していく。そうしたバランスの良い関わり方が一番スマートなのだろうと、試行錯誤しながら考えていました。

乾季の乾燥と、自律的な判断を求めるキノコ栽培

ひと区切りがついたところで、キノコ農家さんのもとへ収穫に向かいました。

しかし、栽培部屋の扉を開けて落胆しました。
今日はほとんどキノコが実っていませんでした。

第2サイクルの菌床袋も、時期としてはもうとっくに発芽が始まっていてもおかしくないタイミング。
それなのに、目に見える変化がほとんど起きていません。

原因を考えるに、やはり「水分不足」が一番に挙げられます。

最近のマトゥング一帯は、本格的な乾季に入ったことで空気が恐ろしいほどカラカラに乾燥しています。
雨季と同じ散水の回数や管理手順を機械的になぞっているだけでは、湿度が決定的に足りなくなってしまうのは明白です。

天候や気温の微細な変化を見極め、「空気が乾燥しているから、今日は散水の回数を増やそう」といった判断を、農家さん自身が自律的に下せるようになってほしい。マニュアル通りに動くだけではない、生きた作物を相手にする農業の難しさを改めて思い知らされる現場でした。

ポルシェが停まる街、急発展を遂げるエルドレットへ

収穫の確認を終えた後は荷物をまとめ、乗合バスに揺られて約3時間。高原都市「エルドレット(Eldoret)」へと移動しました。

ここを訪れるのは今回で2度目ですが、来るたびにその圧倒的な成長スピードと熱気に驚かされます。世界記録保持者のエリウド・キプチョゲをはじめとする数々の名ランナーを輩出してきた「陸上選手の聖地」であり、世界中からトップアスリートたちが過酷な高地トレーニングを求めて集まる街。さらに、現大統領であるルト氏の出身地という政治的な背景も手伝って、街全体に莫大な投資とインフラ整備が進み、急速な近代化を遂げています。

通りを行き交う車の量も、歩道に溢れる人々の数も、普段暮らしているマトゥングとは比べものになりません。
肌の色も実に多様で、様々な民族の黒人だけでなく、ビジネスを握るアジア系の人々の姿も目立ちます。

街角を歩いていて最も目を奪われたのは、一台の車でした。

路肩に停まっていたその車は、周囲の土埃を寄せ付けないような、明らかに他とは質感の異なる深い黒の輝きを放っていました。 フロントのエンブレムに目を凝らすと、案の定、高級車「ポルシェ」のロゴ。

ここケニアの地方都市でポルシェに出くわすとは夢にも思っておらず、二度見してしまうほどの衝撃でした。
格差の大きさと同時に、この街に確実に流れ込んでいる富のダイナミズムを肌で実感します。

標高2,200mの洗礼と、肺を焼くスプリント

街に到着して息をつく間もなく、そのまま地元のグラウンドへと直行しました。
協力隊の先輩隊員が監督を務めている、現地のサッカーチームの練習に参加させてもらうためです。

しかし、ピッチに足を踏み入れた瞬間、標高2,200mの冷酷な現実が容赦なく身体を打ちのめしてきました。

空気が、圧倒的に薄い。

たった1本、全力でスプリントをかけただけで、心拍数が跳ね上がり、息が完全に上がってしまいます。
息苦しさを通り越して、吸い込むたびに肺の奥がジリジリと熱く痛むような感覚に襲われました。

20分間の紅白戦に出場させてもらいましたが、最初の数分を過ぎたあたりから足が全く動かなくなり、途中からはピッチの上でまるで使い物になりませんでした。 かつて本気でサッカー選手を目指していた身として、自分の身体がここまで思うように動かない情けなさと悔しさが込み上げてきます。

一方で、この薄い空気のなかで、何事もないかのように無限に走り続け、プレッシャーをかけ続ける現地の選手たちの心肺機能には、ただただ畏怖の念を抱くばかりでした。この過酷な高地で日常的に走り込んでいれば、酸素が潤沢にある平地へ降りた時、気温や湿度の条件さえ適応できれば、どれほど身体が軽く、快適に動けることでしょうか。

ケニアの長距離ランナーやアスリートたちが世界を席巻する理由を、自分の焼けるような肺の痛みを通して骨の髄まで理解させられました。

本格中華の美味と、ケニア人の食習慣

夜は、エルドレットにある中華料理店へ。

運ばれてきた料理を口にした瞬間、その圧倒的なクオリティに言葉を失いました。

文句なしに、うますぎる。

本格的な味付けで、日本にあっても通うレベルの仕上がりでした。
過酷な運動で限界まで使い果たした身体に、油と中華調味料のパンチのある旨味が染み渡っていきます。

店内を見渡すと、客層のメインはやはり現地に滞在している中国人の方々でした。
しかし、その中に混ざって、何組かのケニア人客のグループも食事を楽しんでいました。この価格帯の本格中華を食べに来られる現地の人々がいるという事実に、この街の経済的な厚みを感じさせられます。

ただ、彼らのテーブルの上に並んだ料理を観察していると、並んでいるのは、どれもチャーハンやポテトといった「普段のケニア料理に近いビジュアルと味付け」の中華メニューが多い印象でした。

せっかく本格的な異国の中華料理屋に来たのなら、もっと普段食べられないような独特のスパイスや珍しい料理に挑戦してみればいいのに、と思ってしまいます。しかし、以前のブログでも考察した通り、人間にとって「美味しい」と感じる感覚は、「食べ慣れている」という安心感と表裏一体です。未知の味に対する警戒心を解くのは、国を問わず簡単なことではないのでしょう。彼らの頑なな注文スタイルに、文化の面白さを改めて実感しました。

都会の利便性があり、多様な人々が混ざり合い、美味いものがあり、そしてサッカーの熱気がある。

「この街なら、ストレスなく暮らせるかもしれないな」

そんな実感を抱きながら、心地よい疲労感に包まれたエルドレットの夜でした。

チャーハンも美味しかったです。