嗅覚で歩くニャフルルと、ケニア食への身体的適応
今日はナイロビを離れ、ニャフルル(Nyahururu)という街へ向かいました。
バスの乗り継ぎも、今夜泊まる宿も、入る食堂も。あらかじめ綿密な計画を立てるのではなく、自分の直感と嗅覚だけを頼りに探り探りで歩を進めていく。久しぶりに「一人旅」をしている実感が全身を駆け巡り、解放感と楽しさに満ちていました。
移動の合間、自分の食の感覚の変化にふと気づかされました。
昨日、一昨日と、ナイロビ滞在中には奮発して1食3,000シリング(約3,000円)ほどする本格的な日本食や中華火鍋を口にしていました。間違いなく美味しかったはずです。
しかし、今日ニャフルルの街角で食べた、わずか200シリングの素朴なケニアのローカル食の方が、遥かに満足度が高く、美味しく感じられたのです。
高級な料理の味が劣っているわけではありません。ただ、身の丈に合ったローカルな味付けと圧倒的なコストパフォーマンス、そして現地の風覚の中で食べる安心感が、今の私の身体にしっくりと馴染んでいるのだと思います。ケニアでの250日を超える日常を経て、私の心と肉体はすっかりこの国の風土に適応したのだと自覚させられました。
一人で気ままに道を歩き、ローカルバスを乗り継いでいく時間も、驚くほど気が楽で快適でした。自分のペースで気兼ねなく選択できる一人旅の面白さを、改めて噛み締めていました。

ケニアの華厳の滝と、国内観光の熱気
昼過ぎにニャフルルへ到着し、無事に安宿を確保した後は、そのまま街の散歩へ繰り出しました。
散策の途中、巨大な滝「トムソンの滝(Thomson’s Falls)」に巡り会いました。
落差70メートルを超えるその迫力は、「ケニアの華厳の滝」と呼ぶにふさわしい見応えです。滝壺へと続く急な遊歩道を降りて向かってみましたが、岩場が濡れていて足元が滑りやすく、かなりハードな運動でした。日本であれば安全基準の観点から厳しく立ち入り規制が敷かれているであろうハードな道のりです。

日曜日ということもあり、現場は驚くほど大勢の人々で賑わっていました。
ヴィクトリアフォールズのような世界的な知名度を求める海外観光客ではなく、ケニア国内のさまざまな地域から訪れたローカルな観光客たちが大半を占めていました。地元キクユ族の華やかな伝統衣装をレンタルして着つけ、記念撮影を楽しむ人々で溢れ返っています。
世界に向けた大々的な観光地ではなく、国内の人々に愛される憩いの場。
偶然の立ち寄りでしたが、ケニアの人々の休日の過ごし方と熱気を肌で感じられる、素晴らしい場所との出会いでした。

宿のおばちゃんと深める「雑談の構造化」
夕方、宿に戻ってから、受付のおばちゃんとゆっくりおしゃべりを交わしました。
会話を重ねる中で、最近、自分の中に初対面の現地人と交わす雑談のテンプレが自然と出来上がっていることに気づきました。
- 日本の卓越した技術と製造業(自動車など)の歴史・性格
- 近年、中国が経済規模や存在感で日本を追い越していった現実
- その最大の構造的要因としての「著しい人口減少(少子高齢化)」
- 根底に横たわる若者の「結婚観や価値観の変化」
この一連のストーリーラインをケニアと比較しながら説明すると、相手は一様に目を丸くし、興味深く耳を傾けてくれます。
直感を頼りに辿り着いたニャフルルの街で、大迫力の自然に触れ、ローカルな食事を満喫し、温かい対話を重ねた日曜日。
一人旅がもたらしてくれた自由で豊かな余白を胸に、今夜は心地よい旅の疲労感とともに、眠りにつきます。
