「技術移転」を超えた、人の感情と熱に向き合う仕事
今日は、ケニアで活動する先輩隊員たちの最終報告会、および中間報告会が開催されたため、オンラインで参加しました。
私と同じ農業系のコミュニティ開発に携わっている隊員たちの発表を中心に耳を傾けましたが、一人ひとりが現場で行っている取り組みやアプローチが見事に異なっており、知的好奇心を刺激される時間となりました。
同じ農業というカテゴリ、同じケニアという国であっても、任地の気候や土壌、暮らしている民族の文化、そして農家たちのモチベーションは千差万別です。
だからこそ、当然ながら抱える課題感も違えば、それに対する打ち手も全く異なります。
この報告会を通じて強く実感したのは、協力隊の活動というものが、もはや単なる「技術移転」ではないという事実でした。
同じ地域に身を置き、同じ目線で暮らしを共にしながら、生活をより良くするための課題を一緒に発見し、最適な打ち手を模索していく。
それは、教科書通りのノウハウを当てはめる作業ではなく、目の前にいる現地の人々の「感情」や「熱量」とどこまでも愚直に向き合う仕事なのだと思い至りました。
だからこそ、どれだけ優秀なAIに問いかけたところで、この現場におけるたったひとつの正解が弾き出されることはありません。ロジックだけでは動かない人間の感情や信頼関係の中にしか、真の答えは存在しないからです。
人の感情に向き合い、共に現場を作っていく。
これほど難しく、そして面白い仕事はありません。
「知っている」と「わかっている」の隔たりと、比べない覚悟
東洋思想や東洋哲学において、よく語られる言葉があります。
頭で「知っている(知識)」ことと、身をもって「わかっている(体験・経験知)」ことの間には、途方もなく巨大な隔たりが存在する、ということ。
まさに今日の報告会で先輩たちが提示してくれた現地の解像度の高さは、まさに2年間という月日をケニアの土の上で泥にまみれて生きてきた「経験知」そのものでした。外から客観的に眺めているだけでは捉えられない、深くてリアルな課題の核心を、掴み取っていました。
その解像度の高さを目の当たりにして、胸の奥に小さな焦りと不安がよぎったのも事実です。
約1年後、自分は果たしてここまで現場の解像度を高め、確かな変化を残せているのだろうか。
自分の現在地と比べ、一瞬、自信を失いそうになりました。
しかし、私はまだ派遣されて8ヶ月の新規隊員であり、任地の文化も、農家たちの関心のベクトルも、他の隊員の現場とは全く異なります。置かれた前提条件が違う以上、誰かと自分を比べて落ち込むことほど、無意味なものはありません。
焦る必要はない。そう言い聞かせることにします。

断水の中での決意と、自家製種菌への挑戦
夕方からは、キノコの種菌づくりの仕込みを行いました。
あいにく、今日も我が家は深刻な断水に見舞われており、作業環境やコンディションとしては決して恵まれた状態ではありませんでした。それでも、衛生管理に十分な注意を払いながら、集中して培養の仕込み作業をなんとかやり切ることができました。
現在、私たちのキノコプロジェクトにおいて、外部から購入している「種菌」の調達コストは、運営費の中でそれなりの割合を占めています。
もしも今回手掛けた自家製の種菌培養が成功し、自分たちの手で高品質な種菌を安定して増やせるようになれば、プロジェクトの生産コストを劇的に削減することができます。農家にとっても、より利益率の高い健全なスモールビジネスへと進化させるための、重要な切り札となります。
うまく菌糸が広がってくれることを、今はただ祈るばかりです。
先輩たちの眩しい実績に刺激を受け、自分の未熟さに身が引き締まった一日。
しかし他人の歩幅に惑わされることなく。
目の前の農家さんの感情と熱にしっかりと寄り添いながら、できることを一歩ずつ頑張っていきます。
