病院の栄養士との出会いと、車で縮む距離のリアリティ
朝、いつものようにキノコの収穫へ向かって歩いていると、近所の病院で働く栄養士の方と偶然出会いました。
彼女は私たちのキノコプロジェクトに非常に強い関心を示してくれ、そのまま一緒に農家さんのもとへ向かうことになりました。 現場で栽培の様子を見ながら話を進めるなかで、彼女から「自宅で自分で育てるために、滅菌済みの菌床袋を購入したい」と言ってもらえました。
実は、菌床袋そのものを販売して家庭で育ててもらうというアプローチは、キノコプロジェクトを地域にさらに広げていくための施策として、すでに事務所内で話し合っていた構想の一つでした。彼女のように関心の高い人を対象に、まずは試験的にこの「菌床販売モデル」を動かしてみるのは、大いにありかもしれない。温めていたアイデアを検証する絶好の機会だと、胸が高鳴りました。
さらに彼女自身も収穫したキノコを購入してくれ、「病院のオフィサーたちなら、健康意識も高くてお金も持っているから絶対に売れると思う」と力強い助言をもらいました。
行政組織の職員、病院関係者、そして学校の役職者。この地域のマーケットにおいて、継続的に購買してくれる「しっかりとした購買力を持つ層」がどこにいるのかが、またひとつ明確になりました。
話し合いの後、彼女の車に乗せてもらって病院へ向かいました。
普段なら自分の足で30分以上かけて歩いている道のりが、車を使うとわずか5分程度で到着してしまいました。 改めて、移動手段としての「車」がもたらす圧倒的な効率性を思い知らされます。
協力隊の規約上、私たちはローカルな移動手段であるバイクに乗ることは禁止されています。バスが通っているのは幹線道路のみ。地方の田舎での移動において、この制約は客観的に見てかなり厳しいハードルです。 ただ、私自身はどこまででも自分の足で歩ける体力がありますし、歩くからこそ見える景色や生まれる会話もあるので、この歩く日常も悪くないと受け入れています。
成功する病院と、有機栽培にこだわる農家の葛藤
病院に到着し、敷地内のいちごプロットの確認へ。
ここではすでに何度かいちごが収穫され、スタッフみんなで食べたのだそうです。 畑のマネージャーは「美味しかった!」と嬉しそうに語ってくれました。管理もしっかりと行き届いており、今後は畝をさらに増設する計画も進んでいます。病院でのプロジェクトは、極めて順調な軌道に乗っています。
一方で、最初からずっと一緒に取り組んでいるパートナー農家さんのいちご畑には、また別の課題が立ちはだかっていました。
こちらも少しは実を収穫できたものの、病院ほどスムーズには進んでいません。全体的にフルーツの成りが少ないのです。 葉ばかりが茂り、花や実がつきにくい状態。おそらく土壌の栄養バランスにおいて、窒素(N)が多すぎて、実を成らせるために必要なリン酸(P)が決定的に不足しているのだと考えられます。
化学肥料を使えば手軽に栄養の調整ができますが、彼女は「有機栽培」に対して強いこだわりと信念を持っています。 その信念を尊重しながらどうやってリン酸を補うか。コウモリの糞(グアノ)などの天然資材が手に入らないか、彼女と知恵を出し合いながら模索を続けていきます。
さらに、せっかく成った数少ないフルーツも、鳥や虫、ナメクジによって食い荒らされてしまう問題が続いていました。 防鳥ネットの設置について、1ヶ月前から農家さんが特定の業者に連絡を取ってくれていましたが、相手が一向に動かず完全に関係がスタックしていました。
これ以上、業者の気まぐれな連絡を待っていては、大切な作物が被害を受け続けるだけです。
痺れを切らした私は、今日別の資材店でネットを購入してもらい、施工を行う大工も別の人を手配して、半ば強引に前に進めました。 結果として、来週の木曜日から防鳥ネットの建築を開始することが決定しました。
こちらから強く促さなければ、きっとこの問題はずっと放置されていたはずです。
時には周りを引っ張り、強引にでも外から背中を押すことも必要かもしれません。

「風の噂」に乗って届いた、歩き回った営業の結実
午後、農業事務所に戻ると、メイズの不作に頭を抱える地元の農家さんたちが何人も相談に訪れていました。
ここ最近の気候変動による大雨や干ばつで、主食であるメイズは深刻なダメージを受けています。同僚と農家さんたちの間では、「メイズだけに依存しない、代替作物を模索しなければならない」という議論が真剣に交わされていました。 その中で、天候に左右されず狭い屋内でも省スペースで栽培できる「キノコ」は、気候変動時代における極めて優秀な新しい選択肢になり得るという共通認識が深まりました。
そんな議論が交わされていた夕方、一人の女性が事務所のドアを叩いて訪ねてきました。
「マトゥングに美味しいマッシュルームがあると聞いて、隣町のムミアスからやって来ました」
話を聞くと、彼女は大のキノコ好きで、「ここに来れば手に入る」という情報を聞きつけて、わざわざ隣町から足を運んでくれたのだそうです。
あいにく今日の分のキノコは朝一番で売り切れてしまっていたため、彼女は次回収穫予定である金曜日に「5パック」の予約を入れて帰っていきました。
同僚は、大喜びしていました。 「こんな風に定期的な予約顧客が増えていくなら、いよいよ今の供給量では足りなくなる。私自身も個人的にキノコ栽培を始めようかな」と、目を輝かせながら話してくれたほどです。
私がこれまで、隣町のムミアスで自分の足をすり減らし、キノコを両手に抱えてあちこちのレストランや街頭を歩き回ってきた営業活動。その地道なアクションが、人々の口コミという「風の噂」に乗ってローカルのネットワークを駆け巡り、こうして向こうから顧客を連れてきてくれたのです。
小さなコミュニティだからこそ、一度生まれた熱量や評判は、予想もしないスピードとルートで広がっていく。自分の起こした波紋が、目に見える結果となって手元に返ってきたことに、震えるような面白さと達成感を覚えました。
足で稼いだ営業の種は、決して無駄にはならない。
今夜は予約が入った5パックの重みをしっかりと噛み締めながら。
金曜日の納品に向けて、明日もまたマトゥングの現場で、できる一歩を積み重ねていきます。

農家さんに対策を聞くと「生えてこないように神に祈る」と話していました(笑)