ストレスを回避する休日と、突然飛び込んだ速報
今日は一歩も外には出ず、家の中で溜まっていたデスクワークや作業に集中することにしました。
ここ最近の不条理な出来事や疲れもあって、無理に外へ繰り出せばストレスが限界を迎えて破裂してしまいそうだったからです。自分のメンタルのコンディションを自分で察知し、「引きこもる」という防衛策を取ったのは正解でした。机に向かって、滞っていたタスクを自分のペースで消化できたことで、心の中に少しずつ余裕が戻ってくるのを感じていました。
しかし、PCの横に置いていたスマートフォンに届いたニュース速報の通知が、その落ち着いた時間を一瞬で塗り替えました。
「熊本県で震度7の大地震が発生」
画面の文字を目で追ううちに、胸の奥が冷たく凍りつくような感覚に襲われました。 震度7を記録したのは熊本県宇城市。
ちょうど1年前、日本で協力隊の研修を受けていた頃、私が毎日のように通い、汗を流し、たくさんの思い出を作ったまさにあの場所でした。
画面越しの悲劇と、遠く離れたケニアからの無力感
急いでニュースの映像やSNSの情報を確認しました。
画面に映し出されたのは、研修時代に何度か買い出しや気晴らしで訪れていたあの見慣れたイオンモールでした。建物の損壊や爆発(爆轟)の痕跡が痛々しく残されており、一年前の穏やかな風景とのあまりの落差に、言葉を失ってしまいました。
地でお世話になった方々、全員の無事が確認できたことには、ひとまず胸を撫で下ろしました。
しかし、現地の混乱と困難はここからが本番です。 ニュースによれば、依然として強い余震が不気味に続いており、水や電気といったライフラインも極めて不安定な状態にあるとのこと。さらに、現在の日本は厳しい酷暑の真っただ中です。エアコンも使えない停電のなかで、家具の片付けや復旧作業に追われる人々の負担を思うと、胸が締め付けられるように痛みます。
どうか無理をせず、まずは自分たちの身の安全と身体を一番に考えてほしい。
画面の向こうの慣れ親しんだ街並みを見つめながら、そう祈ることしかできません。
近年、熊本は記録的な豪雨や巨大地震など、あまりにも度重なる大規模な自然災害に見舞われ続けています。 街が少しずつ復旧し、人々が前を向いて歩み出そうとしたまさにそのタイミングで、またしても容赦なく牙を剥く自然の猛威。現地で暮らし、耐え続けている人々の疲弊と悔しさを想像すると、かけるべき言葉すら見つかりません。
距離という不安と、いま私にできること
地球の反対側、ここアフリカのケニアにいる自分にできることは、あまりにも限られています。
どれだけ現地を心配し、心を痛めたところで、すぐに駆けつけて瓦礫を撤去することも、温かい支援物資を届けることもできません。画面を通じて情報を追いかけ、無事を祈る以外の行動を起こせない自分の存在が、もどかしく、そして無力に思えて仕方がありませんでした。
それと同時に、自分自身がこうして遥か遠く離れた異国で暮らしているということの、切実な「リスク」と「不安」を突きつけられた気がします。
自分にとって大切な家族や友人、お世話になった人々が、遠く離れた場所で災害や危機に直面したとき。 すぐに駆けつけられない距離に自分がいるという事実は、これほどまでに強い不安をもたらすものなのかと痛感しました。
ケニアの現場でも、天候やインフラの不条理に直面する日々が続いています。
しかし、どんな場所であっても、人間は自然の圧倒的な力の前ではあまりにも小さく、儚い存在です。
だからこそ、いま自分の手の届く範囲にいる人や、今日という当たり前の時間を、もっと大切にしなければならない。
遠く離れた熊本の空の下で戦っている方々の安全と、一日も早い平穏を心から願っています。 今夜は大切な人たちの顔を思い浮かべながら。自分にできる目の前の一歩を、明日からも直実に踏み出していきます。