【ケニア派遣223日目】「誰かの役に立ちたい」が摩耗するとき。ボランティアとやりがい搾取の境界線

ケニア派遣223日目。W杯の熱狂が去った喪失感のなか、キノコ農家の「指示待ちと他力本願」に直面。「この人のために動きたくない」というモヤモヤが、ボランティアとやりがい搾取の本質を突く確信へと変わります。顧客の温かい言葉に救われながら、残り1年半のスケジュールを逆算し、温かいお湯で身体を温めた一日を綴ります。

熱狂のあとの寂しさと、重い足取りの朝

昨夜のワールドカップ決勝の、あの世界中を包み込んだ熱狂。 それが一気に引いていったあとの、ぽっかりと穴が開いたような寂しさを抱えながら、今朝は目を覚ましました。

「今日は、仕事に行きたくないな」

そんな、誰もが一度は抱いたことのあるような気だるい本音を抱えながら、なんとか朝ご飯を咀嚼して胃に流し込み、畑へと向かう準備を整えました。体が少し重く感じられるのは、寝不足のせいだけではないのかもしれません。

朝一番の仕事は、キノコの収穫です。 農家さんの栽培部屋を訪ねると、少し驚くべき光景を目にしました。いつもなら私が現場に到着してからダラダラと始まるはずの収穫作業を、自発的に、すでに進めておいてくれたのです。自分たちの手で先に動き出すなんてことは、これまでの活動のなかで極めて珍しい出来事でした。

一瞬、彼らの主体的で頼もしい変化に、胸が明るくなるのを感じました。

しかし、そのささやかな喜びは、栽培部屋の足元を見つめた瞬間に、冷たく霧散していきました。

動かない炭と「バイクの言い訳」:他力本願という不条理

先週、部屋の温度管理と調湿のために「地面に炭を撒いておいてほしい」と、彼らに強くお願いをしてありました。 しかし、部屋の床は、先週と全く変わらない乾いた土のままで、炭は一粒たりとも撒かれていませんでした。

さらに、今日の販売についての話を向けると、彼はこう言いました。
「今日はバイクが壊れていて直さなきゃいけないんだ。だから、販売は頼んだよ」

その瞬間、私の頭の奥で、カチリと何かの境界線が閉じる音が聞こえました。

(ああ、私はもう、この農家さんのためにこれ以上動きたくないな)

これまで心の中に澱のように溜まっていた小さなモヤモヤが、言い逃れようのない、冷徹な確信へと変わった瞬間でした。

彼らは、私が持ってくるアドバイスや資材(支援)という美味しい果実だけを労せずして受け取り、自分たちが負うべきリスクや、体を動かすべき面倒な営業の仕事は、すべて外の誰かに丸投げしてやり過ごそうとしている。 彼らにとって、私はただ都合よく利益を運んできてくれる「便利な財布であり、労働力」に過ぎないのではないか。

これでは、私がどれほど汗を流して彼らの畑を拡張したところで、搾取されているのは私の時間とエネルギーの方です。

ボランティアと「やりがい搾取」の、冷徹な真理

国際協力やボランティア活動という世界において、「誰かの役に立ちたい」というピュアな善意と、「やりがい搾取(あるいは都合の良い他力本願)」は、常に背中合わせの諸刃の剣です。

「相手のために頑張りたい」という私の熱意は、相手も同じだけの当事者意識を持ち、リスクを背負い、お互いに汗を流し合うという「Win-Win(対等な相互関係)」の土壌があって初めて、健全に持続します。 どちらか一方だけが依存し、もう一方がエネルギーを一方的に吸い取られるだけの非対称な関係は、どんなに美しい理念を掲げたところで、絶対に長続きしません。私の心が先に摩耗して、擦り切れて壊れてしまうだけです。

彼らのための活動、彼らの自立のためのビジネス。 それなのに、私の方が必死になって売り先を探し、彼らは「バイクが壊れた」と言い訳をして部屋で座っている。

自分で自分の課題を引き受けない人を、外の人間が救うことはできない。

これまで何度も、頭の中で繰り返してきた活動の限界を、改めて骨の髄まで思い知らされました。私は彼らの親でもなければ、都合の良いパトロンでもない。冷たいようですが、ここからは彼らの甘えを突き放し、冷徹に「自分で動かざるを得ない仕組み」へとプロジェクトをシフトさせていく必要があります。

それでも、今日収穫した分のキノコは、何とかすべて自分の足で動き、完売させることができました。

営業を回るなかで、とても嬉しい出会いがありました。すでに何度もキノコを購入してくれている固定客の方が、私を見つめて真っ直ぐに言ってくれたのです。

「トムは、本当に誠実で、素晴らしい仕事をするね。応援しているよ」

不条理な他力本願にやる気を削がれていた私の心に、その温かい言葉がじんわりと染み渡り、救われるような気持ちになりました。 彼のために動くのはもう嫌だけれど、私の誠実さをちゃんと見て、信頼を寄せてくれる顧客のためになら、いくらでも頭と体を使える。
今私が向き合うべきは、怠惰な生産者ではなく、この温かい市場なのだと確信しました。

残り1.5年の逆算と、マトゥングに灯った「お湯」の奇跡

午後からは事務所に戻り、同僚オフィサーとこれからの長期スケジュールについてのミーティングを行いました。

気づけば、私の残された任期はあと1年半もありません。
さらに来年には、大統領選挙があり満足に活動できない期間がある可能性もあります。
その危機感や焦燥感を赤裸々に話すと、「時間ないね。ゴールから逆算して、タイトにスケジュールを組んでいかなければならないね」

同僚も、私の危機感に深く共鳴してくれ、これからの構想をしっかりと共有し、お互いの共通認識としてフィックスさせることができました。実際に言葉通りどこまで動いてくれるかは別問題ですが、これまでに構築してきた信頼関係があるからこそ、こうして同じテーブルで未来の図面を描くことができる。これからは、徹底的な進捗管理とリマインドを武器に、彼らの重い腰を動かし続けていこうと思います。

懸念は、今やっているいちごとキノコ、そして新しく始めるパッションフルーツなどの短期の品目を、限られた時間のなかでどこまで持続可能な規模に拡大できるか。時間との、本当の勝負が始まります。

帰宅後、驚くべきことに、今夜は我が家に「電気」も「水」も、両方が完璧に揃っていました。

これほど揃っているチャンスを、逃す手はありません。
さっそく、ケトルを使ってたっぷりとお湯を沸かし、バケツの中で温かいお湯を作りました。

温かいお湯が首筋から背中を伝って、冷えた身体をじんわりと包み込んでいく。
「ああ、お湯って、なんて気持ちがいいんだろう……」

言葉にならない極上の幸福感が、今日一日の肉体の疲労と、心のモヤモヤを綺麗に溶かして流し去っていくようでした。 温かいお湯に包まれていると、湯気の立ち込める温かい温泉や、並々と張られた湯船の心地よさが、猛烈に恋しく思い出されます。

Win-Winではない甘えの限界。
それでも、私の誠実さを受け取ってくれる顧客の温かさと、1年半の逆算の決意。

今夜は、お湯の温もりの余韻を感じながら。 明日からも、誰かの都合に流されることなく、私自身の確かな基準を持って、私の日常を一歩ずつ、丁寧に組み立てていきます。