【ケニア派遣222日目】ヒーローは伝説になり、次の世代へ。スペインの戴冠と、メッシが私をアフリカへ連れてきてくれた話

ケニア派遣222日目。3位決定戦の最中に遭遇したネズミの不条理と、ディズニーのスターとのギャップに苦笑。AIによる「面白いもの」作りの限界から小説の書き直しを決意しつつ、39日間のワールドカップの終わりを見届けます。スペインの圧勝、メッシの涙、そして高校を休んでカンプノウへ向かったかつての自分を重ね、サッカーが持つ国境を越えた信仰の力を綴ります。

夢の国のスターと、我が家のリアルな侵入者

昨夜、正確には今朝の早朝、ワールドカップの3位決定戦を観戦している最中に、とてもショックな出来事がありました。 部屋の片隅で、ネズミとばっちり目が合ってしまったのです。

これまでも、天井や壁の裏から「チューチュー」と不穏な音が聞こえてくることはありました。ただ、こうして私の目に見える、はっきりとした生活領域に姿を現されると、やはり強烈なダメージを喰らいます。

追い打ちをかけるように、今朝目が覚めてキッチンへ向かうと、そこにはネズミの糞がたくさん落ちていました。ネズミは、さまざまな病原菌を媒介する危険な存在です。気持ちが悪いという感情以上に、病気に対するリアルな恐怖が頭をよぎり、背筋が寒くなりました。

日中の作業中、気分を切り替えるためにディズニーの音楽を部屋に流していました。

ふと、おかしな対比が頭に浮かびます。ディズニーの夢と魔法の国にいるネズミは、世界中の人々から愛される、あんなにもキラキラしたスーパースターなのに。今、私のこの部屋のキッチンを汚しているネズミは、これほどまでに忌まわしく、嫌悪感の対象でしかない。
同じネズミという記号でありながら、この差は一体何なのだろう。

切実に、猫を飼いたいと心から思いました。
いつも通っている農家さんの優秀な警備員(猫)の姿が、羨ましくて仕方がありません。

AIが作る「整合性」と、人間が調整する「面白さ」の果てしない距離

不条理な現実に直面しつつも、今日も家の中でさまざまな作業を進めました。
午前中は大相撲の熱戦を観ながら漫画を読み、午後からは少し仕事を片付け、取り組んでいる小説の執筆へと向かいました。

小説については、色々と悩んだ結果、一度すべてを白紙に戻してガッツリと一から書き直すことに決めました。

最近、Podcastで全く別の人がほぼ同時期に、とても似た話をしており興味深いと思った話題があります。
今の時代、AIを使えばゲームのプログラムや基本的なシステム自体は一瞬で簡単に作ることができるのだそうです。しかし、「本当に面白いゲーム」を作ることは、AIにはなかなかできないのだとか。

なぜなら、ゲームの「面白さ」を決定づけるゲームバランス、つまり敵の強さ、アイテムの配置、操作感の心地よさといった細部の微調整は、人間が何度も何度もテストプレイを重ねて、感覚をチューニングしていかなければ決して最適な答えに辿り着かないからです。

これは、私が今取り組んでいる小説や、すべてのクリエイティブな表現においても、本質的にはまったく同じことが言えます。

AIを使えば、それらしい構成の、正しい日本語の文章を作ることは簡単です。 ただ、そこから読者の心を激しく揺さぶるような「面白いもの」に昇華させるまでには、どうしても埋められない果てしない距離が存在しています。

その絶妙なバランスや、人間本来の感情の揺らぎをデザインすること。 一からの書き直しは大変な作業ですが、この「面白さ」を自分の手で丁寧に調整していく試行錯誤のプロセスこそが、私にとって何物にも代えがたい贅沢な時間なのだと、ノートに新しいプロットを描きながら感じています。

昼過ぎ、ようやく水道から水が戻ってきました。 断水が終わる瞬間のあの解放感。本当に、最高です。水が使えるというだけで、調理もしやすくなり、生活の質が一気に跳ね上がります。

快適に整った部屋で、いよいよ、39日間にわたるワールドカップの決勝戦を迎える準備を整えました。

言語を必要としない共通語と、メッシがくれたアフリカへの勇気

長かった39日間の祝祭が、今夜、ついに幕を閉じていきました。
出場チーム数が増え、試合数も多かった今大会。

停電のせいでどうしても見逃してしまった悔しいゲームもありましたが、本当に楽しい1ヶ月少しでした。おかげで、毎日のように寝不足に悩まされましたが、心地よい熱狂の日々でした。

決勝戦の結果は、スペインの圧勝。 アルゼンチンは最後まで、自分たちのフットボールをさせてもらえませんでした。 しかし、両チームともに信じられないほど集中力が高く、攻守の切り替えのスピードも凄まじい。一歩も引かない極限の緊張感が漂う、これぞフットボールの最高峰なのだと、スクリーンの前でただただ圧倒されていました。

ハーフタイムショーなどの華やかなセレモニーの演出は、良くも悪くも、いかにもエンタメ大国のアメリカらしい派手さに満ちていました。 チケットの価格は高騰し、中には一席3億円という天文学的な金額にまで跳ね上がった席もあったのだそうです。

ただ、キックオフの前にトム・クルーズが語っていたように。

「サッカーとは、言葉を必要としない言語である」

国境、文化、言葉の壁、そしてあらゆる目に見えない境界線を一瞬で取り払い、地球の裏側の人々を一つの熱狂の中に繋ぎ止めてしまう。 ビジネスとしての巨大なチャンスがあるのは確かですが、それ以上に、サッカーというスポーツはもっと高尚で、尊い力を持っているのだと実感します。

試合後、涙を流すメッシの姿。 そして、スカローニ監督の記者会見の言葉。 アルゼンチンという国が、そしてあの選手たちが、このワールドカップという舞台にどれほどの人生と魂のすべてを懸けて戦ってきたのか。彼らが背負っているものの重さを見つめていると、やはり、日本と世界のトップとの距離は、まだ果てしなく遠い場所にあるのだと痛感させられます。

私にとって、リオネル・メッシは特別なヒーローです。

初めてクラブワールドカップのピッチで、遥か遠くに輝く彼の姿を肉眼で観たあの時の衝撃は、今でも脳裏に鮮烈に焼き付いています。 その感動が抑えきれず、その後、高校の授業をどうしても休んでスペインまで単身赴任のように飛び、カンプノウで観戦したチャンピオンズリーグ。 スタジアムを埋め尽くす何万人もの大観衆が、彼に向けて両手を捧げて叫んでいた、あの地鳴りのような「GOAT」のコール。

彼という存在がピッチにいたからこそ、私はサッカーを本気で続けてこられた。
そして、メッシの姿に勇気をもらったからこそ、私は世界へ飛び出す挑戦を恐れず、今、こうしてアフリカのケニアという未知の地で自分の足で立っていられるのです。

今大会で優勝を飾ったスペインの若きスターたち、ラミン、ペドリ、そしてクバルシといった選手たちも。 きっと私と同じように、メッシや、そして今回でおそらく最後になるであろうネイマール、クリスティアーノ・ロナウドといった伝説の背中を追いかけ、憧れを抱きながら育ってきた子どもたちだったはずです。

こうして、私たちの時代のヒーローは伝説になり、時代が変わっていく。
そして、その同じヒーローに憧れたかつての子どもたちが、今度は次の世代の新しいヒーローになって、バトンを繋いでいく。

メッシのためにすべてを賭けて泥臭く戦ったアルゼンチンの団結力は、本当にかっこよかったです。 国全体が、ひとつのボールを中心に完全にまとまっていた。 ノルウェーの街中を埋め尽くしたあの熱狂的な凱旋パレードの光景も、鳥肌が立つほど凄まじいものでした。

サッカーは、単なるスポーツやエンターテインメントの枠を完全に超えている。
それは、一つの文化であり、人々を繋ぐ、信仰にも近い何か特別な力なのだと、39日目の終わりの夜に確信しました。

素晴らしい熱狂をくれた、私のヒーローに、心からの感謝を。

明日からも、この胸に灯った消えない熱源を大切に守りながら。
私もマトゥングのピッチで、自分自身にしか描けない新しい物語を実直に紡いでいきます。