W杯のアドレナリンと、キノコ営業の「戦略的撤退」
昨夜のワールドカップのあまりの激戦と興奮が、今日という一日の始まりにそのまま覆いかぶさっていました。信じられないほど素晴らしい試合でした。ピッチから放たれる熱狂を画面越しに浴びた結果、アドレナリンが出すぎてしまい、夜はなかなか眠りにつくことができませんでした。
心地よい寝不足の身体を抱えながら、今日の予定を組み直していました。
本来の計画では、今日はいよいよ大市場であるカカメガのタウンへと繰り出し、新規のキノコ営業をかける予定でした。
しかし、出発を前にして、収穫が始まってからのこれまでの3週間の収量(サプライ)データを今一度、冷静に見直しました。 結論として、今回のカカメガ営業は先送りにすることに決めました。
現在の私たちの収量ペースでは、遠方のカカメガのレストランやスーパーに継続して卸すには、どうしても絶対的な量が足りません。 実際、今できている分は、私の任地マトゥング周辺の個人やローカルな顧客を捌くだけでギリギリの供給量です。これでは、せっかく遠方で新規の交渉を成立させたとしても、すぐに納品不足で信頼を失うことになってしまいます。
輸送にかかる時間や、バス代といったコストを鑑みても、今はまだ外へ打って出るタイミングではない。もう少し栽培の規模が拡大し、供給が安定したフェーズになってから、満を持して交渉に臨むことにします。

メイズ不作の調査システムと、事務作業で露見する「言語処理能力」
遠出をキャンセルしたため、昼過ぎまでは農業事務所で同僚オフィサーとミーティングをしながら過ごしました。
現在、マトゥング周辺の農村では、主食であるメイズ(トウモロコシ)の深刻な収量不足が明確な問題になっています。 同僚たちは今、その原因調査をフィールドで徹底的に行っている最中でした。
彼女たちの仕事のプロセスを見ていて、意外にもケニアの行政システムがしっかりと機能していることに驚かされました。 現場のオフィサーが収集したデータを精査し、不備がなければそれをカカメガカウンティ(郡)へと提出。さらにそれがナイロビの農業省本部へと吸い上げられ、最終的に本部から具体的なアクションプランが言い渡される、という極めて中央集権的で統制された仕組みが構築されていたのです。インフラや予算は破綻しがちですが、組織としての構造はとても綺麗です。
ただ、その集まってきた現場の「生データ」を同僚と一緒にチェックしていると、途中で「ん?」と首を傾げたくなるような局面が何度も訪れました。
アンケートの質問項目に、少し解釈の揺れ(曖昧さ)が出るような表現があったのが原因だと思います。
質問の意図に対して、明らかに全く噛み合っていない、よく意味のわからないおかしな回答が、データのあちこちに平然と混ざり込んでいたのです。
先日、協力隊の同期と「言語処理能力」について語り合ったことを思い出していました。
相手の「問い」に対して、相手が本当に求めている回答を過不足なく返すこと。
そもそも、提示されたテキストの文章を正しく読んで、文脈を正確に理解すること。
私たちが日本で受けてきた教育のなかでは、ある種「できて当たり前」とされているこれらの能力。しかし、こうした途上国のリアルな行政の事務作業や現場データのやり取りを突き詰めると、その基本的な読解や処理の能力の差が、如実に、そして残酷に露見してしまうのだと実感しました。

世界一周の旅人との対話。比較する旅、深掘りする定住
夕方からは、少し頭を切り替えてカカメガのタウンへと足を延ばしました。 ケニアを訪れている日本人の旅人の方がいると聞き、会いに行くためです。
お会いしたその方は、日本での仕事を辞めて、今まさに世界一周の旅の途上にあるのだそう。ケニアの後は、なんと南アフリカまで陸路でひたすら南下していく予定なのだと、少年のように目を輝かせながら語ってくれました。
彼の話を聞きながら、私は自分の3年前の旅の記憶を、鮮やかなグラデーションとともに思い出していました。
あの、目の前の国境を越えるたびに世界が新しく塗り変わっていくような興奮。
「自由で、本当にいいな」
正直に言って、今の私にはとても眩しく、そして少し羨ましく思える部分もありました。
しかし、その羨ましさを抱くと同時に、私は「いま、協力隊としてこのケニアのマトゥングに定住していること」の、圧倒的な価値にも改めて気づかされていました。
旅人は、点から点へと素早く移動し、多くの国や地域を横断的に「比較」することができます。世界を広く見渡すには、これ以上ないスタイルです。 一方で、定住者は、同じ場所に長く留まり、その土地のコミュニティに深く潜り込みます。 そうすることで、通りすがりの旅人には開かれることのない、現地の「生活の本当の解像度」が、恐ろしいほどの深さで立ち上がってきます。
現地の言語を泥にまみれて覚え、彼らと同じ水を使い、不条理なインフラにため息を突きながら、キノコの1パックを売り歩く。
アフリカという巨大な大陸において、色々な国を移動して「比較する視点」を持つこと。
そして、マトゥングという一つの小さな点に長く定住し、その「奥深くを観察する視点」を持つこと。
図らずも、私のこれまでの20代の人生において、この「比較」と「深掘り」の両極端なアプローチを両方とも経験できているという事実は、言葉にできないほど幸運なことなのだと思います。旅人の私では見えなかったものが、定住者となった今の私には、確かに見えている。もちろん、年齢を重ねて自分の心の感度やものさしが変わったことも関係しているのかもしれませんが。
それでも。
やっぱり、旅もいいな。自由に、どこか遠くへ行きたいな。
そんな、自分の中に今も眠っている消えない旅人の本音を、心地よくくすぐられた夜でした。
