レストラン営業の洗礼と、JA(農協)という偉大なインフラ
今日は朝から、収穫が始まったキノコを売り込むために隣町ムミアスへ営業活動に向かいました。
ターゲットとして事前に狙いを定めていた3軒のレストランを順番に訪問しました。
1軒目:「今日中に検討して連絡する」とのこと。わからない。
2軒目:まずは来週、テストとして1kgちょっと持ってきてほしいという話に。「少しずつ顧客の反応が見えてきたら仕入れを増やす」という、極めて堅実で合理的な提案をもらいました。
3軒目:オーナーが多忙を極めていたようで、今日は会えずに出直し。
こうして自分の足で歩いてみて、改めて痛感します。 このケニアの田舎で、これまでにない「新しい作物」をゼロから売り込んで市場を作っていくことは、想像以上に骨が折れる、簡単ではない作業です。
日本のJA(農協)というシステムの偉大さを感じます。農家が作った生産物を、決まった場所に持っていけば確実に全量買い取ってくれて、安定した価格で捌いてくれる。あの極めて高度に整備された出荷プラットフォームがいかに農家の生活を守り、栽培に集中させてくれているか。それを、この販路が皆無なマトゥングの地で身に染みて理解しました。
同僚や農家さんは、口では「売れる、協力する」と威勢のいい言葉を並べてくれます。しかし、いざ実際に足を動かして営業に行くという段階になると、結局は誰も動いてくれません。 どれだけ言葉を交わしても、最後に泥をかぶって動くのは自分しかいないのだ、という少し冷ややかな現実が胸に去来します。
キノコを「大好きだ」と言ってくれるケニア人はたくさんいます。でも、いざ彼らに価格を提示すると、「高いから買わない」という現実に阻まれてしまう。
「欲しい(Need)」と「買える(Afford)」の間にある、途上国ならではの深い溝。
このマーケティングの壁をどう突破していくか、模索はまだ始まったばかりです。

「自分で動きすぎていた」という普及員としての内省
午後からは、パートナー農家さんのもとへと足を運びました。
しかし、現場の農家さんたちの様子を見ていると、どこか「指示待ち」の姿勢が抜けておらず、自分たちで主体的に何かを工夫しようとする熱量が感じられませんでした。
もしかしたら、私が彼らのために自分で動きすぎてしまっていたのではないか。
カビの被害に焦り、販路のなさに焦るあまり、私が先回りして課題を解決し、営業をかけ、お膳立てをしすぎてしまった。結果的に彼らから自分たちで考えて試行錯誤する機会を奪い、彼らを依存させてしまっていたのではないか。
自分が一人で勝手に走り回り、一人で空回りして、勝手にメンタルを削らせている。
自分のこの頑張りは、本当に誰かのためになっているのだろうか。
確かに、今目の前にいる農家の収入は少し上がるかもしれないけれど、影響を及ぼせるのは地域のごく僅かな人数だけ。私は本当に、自分の人生の貴重な2年間という時間を、この活動に投資する意味があるのだろうか。
インフラが止まった暗い部屋で一人になると、そんな無力感に似た問いが、お腹の鈍い痛みとともに頭をもたげてきます。

から回りを受け入れ、それでも「私のピッチ」を走る理由
でも、このから回りしているような葛藤すらも、きっと私が次のステップへ進むために必要な、健全な成長痛なのだと思います。
先日、ブログに書いた「定数と変数」と「自分が不要になるための自立の仕組み作り」。 少しずつ、彼らが動かざるを得ない仕組みへ、徐々に移行させていかなければならないと感じます。
帰宅後、マトゥングの我が家はまたまた停電していました。Wi-Fiも繋がらず、スマートフォンの充電もできず、静寂と暗闇だけが部屋を支配しています。お腹も地味に痛むし、メンタル的にも少し滅入る夜です。
けど、この不条理で思い通りにいかないマトゥングの夜だからこそ。 私は自分の現在地をもう一度フラットに見つめ直し、明日から農家さんとの「ちょうどいい距離感」を測り直すことができます。
明日からは、少しだけ歩幅を緩めて。 私が走りすぎるのをやめ、彼らが自らの足で一歩を踏み出すのを、じっと見守りながら伴走していこうと思います。
