【ケニア派遣200日目】倍速で過ぎ去った後半戦。限界と諦めを受け入れた先に、見えてきた「前向きな境界線」

ケニア派遣200日目の節目。最初の100日とは対照的に、目まぐるしく過ぎ去った後半戦。現地農家との関わりを通じて至った「諦め」や「限界」の本質を、ネガティブではなく「自分のコントロールできる変数に集中する」という極めて前向きな変化として言語化。2年後の未来に向けた決意を綴ります。

倍速で過ぎ去った100日と、ケニアに馴染み始めた心身

ついに、ケニア派遣200日目を迎えました。

振り返れば、暗闇の手探りでただ必死にしがみついていた最初の100日は、果てしなく長く感じられました。しかし、そこからの100日は、まるで坂道を転がり落ちるかのような倍速のスピードで過ぎ去っていきました。
それだけ、この場所で主体的に動き、自分の足で活動を作ってこられたのだと、確かな足跡を感じています。

毎月のように激しく体調を崩していた初期に比べると、最近は大きく寝込むこともなくなりました。 もちろん、お腹の違和感や、地味な痛みに悩まされることは日常茶飯事です。水、食べ物、衛生環境など、思い当たる原因がありすぎて何が引き金なのかを特定することすら諦めましたが、それでも、私の心と体は間違いなく、ケニアの日常にしなやかに馴染み、強くなってきています。

そして最近、この任期が終わる2年後、どう生きていきたいかという未来の輪郭が、自分の中で少しずつ、でも確実に固まりつつあります。 そこに向かって、200日目の今だからこそ始められる準備を、小さなことでもいいから1つずつ、アクションに落とし込んでいきたいと思います。

少し高かったカップ麺。やっぱり日本のものには遠く及ぼない。

「諦め」と「限界」の先にある、極めて前向きなクリアな境地

最近、このブログでも「諦め」や「限界」といった言葉を多く使うようになりました。

一見すると、エネルギーが切れて冷めてしまったかのような、あるいは活動に後ろ向きになってしまったかのような言葉に聞こえるかもしれません。
しかし、私の中の真実は全くの逆です。
これらの言葉を通して、前向きに、これからやるべきことがクリアに研ぎ澄まされています。

日本にいた頃の私は、どこかで「自分が全力で頑張り、正しい道を示せば、他人の行動も、プロジェクトの結末も、すべて思い通りに変えられるはずだ」という、傲慢とも言える万能感を抱いていたのかもしれません。
けれど、ここグで農家さんたちのリアルな「やる気」や「暮らしの都合」に向き合う中で、私は自分の影響力の限界を思い知らされました。

いくら私が熱意を注いでも、身銭を切らない農家の主体性を100%コントロールすることはできない。他人のモチベーションや、ケニアのインフラの不条理、気候の変動は、私がどう足掻いても動かせない「定数」なのです。

そこに気づいた瞬間、フッと肩の力が抜けました。

変えられない「定数」に対して、「どうして思い通りに動いてくれないんだ」とイライラしたり、気張りすぎたりするのは、エネルギーの無駄遣いでしかありません。 それよりも、他者と自分との間に明確な「境界線」を引き、相手の課題を自分の課題と混同しないこと。そして、他者のモチベーションに依存しない「仕組み(システム)」や、彼らの内なる認知を静かに揺さぶるための「アプローチの工夫」という、自分自身が動かせる「変数」だけに私の100%のエネルギーを注ぎ込むこと。

私にとって「諦める(明らかに見極める)」こと、そして「自分の限界を認める」こと。

それは、他者への突き放しではなく、お互いの主体性を尊重し、自分が今できる最善のアクションを明確にするための、健全で、建設的な前向きな戦略です。

気張りすぎず、でもブレずに。
このフラットな視点を得られたことこそが、この200日間で得た最も大きな内省の果実なのかもしれません。

4時間の水泡と、すべてが自分に返ってくる「心地よい責任」

活動とは別のプライベートな時間では、最近AIエージェントを動かしていろいろな創作活動に挑戦しています。 しかし、今日、手痛い大失敗をやらかしてしまいました。

新しく構築したシステムとデータベースとの連携がうまく機能しておらず、頭を悩ませながら4時間近くかけてコツコツと積み上げてきた大切な構築データが、保存されずに一瞬にしてすべて吹き飛んで消えてしまったのです。

画面の向こうの冷たい余白を前にして、言葉を失うほどの強烈な悔しさが襲ってきました。しかし同時に、「いい勉強になった」と、どこか清々しい気持ちで笑っている自分もいました。

この200日間、ケニアでの活動でも、私は数えきれないほどの失敗を繰り返してきました。
カビだらけになったキノコ、枯れたいちごの初期段階。
思い通りにいかないことばかりの毎日です。

しかし、組織のなかにいると、誰が取ったか分からないような曖昧な意思決定に守られ、失敗の責任もなぁなぁに薄められてしまいます。しかし、今はすべての意思決定、すべてのアクション、そしてすべての失敗の責任が、ごまかしようのない「自分自身」にダイレクトに跳ね返ってきます。

その、逃げ場のないヒリヒリとした当事者意識が、たまらなく気持ちいい。

理想を言えば、汗水垂らして手に入れた成功の果実(利益)も、ダイレクトに自分に返ってきてほしい、と思うこともあります。ただ、協力隊というボランティアの構造上、その物質的な実りはすべて、現地の農家さんたちの元へと還元されていきます。

私自身の手元に残るのは、目に見えるお金ではなく、泥にまみれて手に入れた「成功体験」と、失敗から紡ぎ出した「生きた経験」だけ。

でも、それで十分すぎるくらいに贅沢だと思います。誰の看板にも頼らず、自分の頭と体だけを資本にして、不条理な地で価値を生み出す。それが、1年半後に新しい世界へ踏み出すときの、何物にも代えがたい武器になると信じて。

200日というマイルストーンを通過し、目の前の景色はさらにクリアになりました。
明日からも、撒いた種が少しずつ芽吹くのを愛おしみながら。
コントロールできる「変数」に全精力を傾けて、自分のピッチをしっかりと走り抜けていきます。