【ケニア派遣196日目】スワヒリ語の会議と「自己防衛」の役所仕事。マトゥング農業事務所で見えた現地の不条理

ケニア派遣196日目。3時間を超えるマトゥング農業事務所のスタッフミーティングに同席。深刻な干ばつや市場の乱高下、アボカド苗木の配布トラブルを巡る官僚的な自己防衛策など、現地のリアルな不条理を鋭く考察。夜は、農業系隊員で立ち上げた自主ゼミでの有意義な情報交換を綴ります。

スワヒリ語の洪水と、ケニア的な時間感覚

今日は、任地マトゥングに来てからいつぶりか分からないほど、本当に久しぶりのスタッフミーティングが開催されました。

その長さ、実におよそ3時間以上。 率直に言って、日本の企業のようにアジェンダを整理し、タイムマネジメントをしっかりと行っていれば、最長でも1時間あればお釣りがくる内容でした。 しかも、会議の進行は基本的にすべてスワヒリ語。全体の会話の6〜7割程度しか正確に頭に入ってこない語学的なハードルの高さも相まって、終わる頃には頭が完全にオーバーヒートし、眠気と強烈な疲労感に襲われていました。

ただ、同僚たちに言わせれば、これでもまだ短い方なのだそう。一般的なケニアのミーティングはもっとダラダラと長引くのが常識なのだとか。
皆が好き勝手に発言し、議論があちこちへ脱線していく様子を見ていると、非効率極まりないようにも思えます。しかし、日本の社会のように時間にセカセカと追われず、お互いの声をただ吐き出させるこの緩やかなプロセスのなかに、彼らなりの心地よさや連帯があるのかもしれない、とも感じました。

この3時間の会議のなかで交わされた議論には、現在のケニアの農業、行政、そして社会が抱える構造的な不条理と、私たちが向き合うべき生々しい現実が凝縮されていました。

知識の不在が生む「病気」の誤解と、市場の歪み

現在、カカメガ一帯は極度の水分不足に見舞われています。

同じトウモロコシ(メイズ)であっても、時期を先読みして早く植え付けを済ませていた農家はすでに収穫を終えて難を逃れました。しかし、植え付けが遅れてしまった大多数の農家は、今まさに実が入る最も水を必要とする「ミルクステージ」の時期にこの水不足の直撃を受け、壊滅的なダメージを負っています。

ここで興味深かったのは、多くの農家がその作物のしおれや変色を見て「何かの病気にかかってしまった」と激しく勘違いしている、という職員からの現場報告でした。 実際には、ただの水不足によって土壌の栄養を根から吸い上げることができなくなっている、カルシウム不足等による生理障害(尻腐れ病やクロロシス)に過ぎません。

病気でもないものに不要な農薬を撒こうとしたり、ただ「不運な不作」として諦めてしまったりする。 ここにあるのは、やはり「正しい農業知識の不在」という大きな壁です。私たち普及組織が、自然の不条理に対してどのようにデータを提示し、彼らの知識の土台をアップデートしていけるかが、改めて問われているのだと感じます。

こうした乾燥による不作は、ダイレクトに地域の市場を破壊しています。 野菜類が市場に圧倒的に不足した結果、品質が極めて悪くて傷んでいるようなトマトや玉ねぎであっても驚くほどの高値で取引され、市場の日とその翌日で価格が極端に乱高下する現象が起きています。 安定した食料供給のシステムがないからこそ、天候一つで農民も消費者も、市場の波に翻弄され続けているのが現状です。

役所の自己防衛と、汚職への警告

スタッフからの報告が進むにつれて、ケニアのローカル行政の「自己防衛のシステム」や「モラルハザード」の生々しい実態が浮き彫りになっていきました。

その象徴的な出来事が、最近行政主導で行われた、アボカドの苗木の無料配布トラブルでした。
一見、農民への素晴らしい支援に見えるこの施策。しかし蓋を開けてみれば、配布された苗木は、優良な果実が成るはずの「接ぎ木」ではなく、ただの雑草同然の「台木」でした。

お上のやり方に違和感を覚えた一部の賢い農家は受け取りを拒否したそうですが、行政側は実績を作るために無理やりこれらを農家に押し付けたのだと言います。 数年後、当然アボカドの実は成らず、病気にかかって枯れていくでしょう。その時、農民たちから「農業事務所の指導が悪かったからだ」と責任の矛先がこちらへ向けられるリスクがあります。

これに対するオフィスのボスの決断は、ある意味で非常に冷徹で、かつ官僚組織としてスマートな防衛策でした。
「我々はこのアボカドの配布プロセスに一切関与していない、そして現場視察の結果、これはただの台木であったという公式な書類を今すぐ作成してオフィスに残す。責任の押し付け合いに巻き込まれないようにする」

現場を救うことよりも、書類を盾にしてお役所的なセーフプレイを優先せざるを得ない行政の仕組みを感じました

1年半の任期を見据えた、短期作物のモチベーション設計

ミーティングの後半、私も自分の取り組んでいる「いちご」と「きのこ」のプロジェクトについて、スタッフ全員の前で現在の進捗と課題を報告しました。しっかりと理解を示してくださっておりありがたい限りです。

主題とは関係ありませんが、ボスから「英語がだいぶ流暢になったね。」と褒められました。
シンプルに嬉しい。もっと頑張ります。

「歩く財布」という洗礼と、仲間と編み直す知恵

会議の中では、現地の学生インターンたちのフィールド報告もありました。 彼らが私と一緒に農家を回るなかで直面した、生々しい「支援の影」についてのエピソードです。

「現地の人々は、トムさん(私)を見るなり、条件反射のように『外国人=お金をくれる援助者』と思い込んで駆け寄ってくる。しかし、お金ではなく『技術やビジネスのアドバイス』を普及しに来たのだと分かり、支援金が出ないと理解した瞬間、あからさまに悪態をつかれたり、態度を急変させたりする」

インターン生たちは、その農家の生々しい警戒心や現金への執着に、少なからずショックを受けていたようでした。 「外国人=歩く財布」というステレオタイプ。そして、与えられるだけの支援に慣れきってしまった農家のマインド。 これは一朝一夕で変えられるものではありませんが、だからこそ、私たちは表面的なアクションではなく、彼らの内なる「認知の変化」を揺さぶるための、息の長いアプローチを地道に続けていかなければならないのだと、改めて引き締まる思いでした。

過酷な現実と複雑な不条理を詰め込まれた3時間の会議が終わり、疲弊した頭を抱えて帰宅。

しかし、夜には素晴らしい回復の時間が待っていました。 今夜は、ケニア活動する農業関係の協力隊員たちとオンラインで繋ぎ、第1回目となる「農業隊自主ゼミ(分科会)」を開催したのです。

他カウンティの隊員が取り組んでいる4Kクラブの具体的な運営方法や、課題に対するアプローチ、それぞれの現場での葛藤。 同じ「農業」というテーマを背負いながら、地域や配属先の特徴に合わせて、一人ひとりが全く異なる角度から知恵を絞り、必死に試行錯誤しているストーリーを聴くのは、この上なく面白く、知的好奇心を激しく揺さぶられる時間でした。

一つの課題に対しても、アプローチの方法は人の数だけある。 自分の凝り固まった視点を一度フラットに解きほぐし、仲間の実践知を交えながら、これからのマトゥングでの戦略を編み直していく。この横の繋がりの熱量は、不条理な現実に立ち向かうための最高のエネルギー源になります。

明日からは、この会議で得た現実的な教訓と、自主ゼミで満たされた知的なワクワクを胸に抱きながら。 目の前のパイロット農家を確実に成功させるために頑張ります。