【ケニア派遣195日目】ビー玉を投げ捨てた父親の手に思うこと。ケニアの教育のリアルと、今ここにある人間らしさ

ケニア派遣195日目。フライングして発芽したキノコに心震わせる一方、目の前で起きた親子の体罰シーンに言葉にならない葛藤を抱く一日。限られた任期で現地に何を残せるかを見据え、同僚たちと「りんご」から「パッションフルーツ」へとアグリビジネス戦略をピボットする意思決定のリアルを綴ります。

遅刻の朝、きのこ部屋の「警備員」と嬉しいフライング

週末に同期の仲間たちと過ごし、心のバッテリーをしっかりと満タンにして迎えた月曜日。

朝、たまっていた洗濯物を手で洗っていると、突然同僚オフィサーから電話がかかってきました。 「9時にきのこ農家さんのところに集合で!」 時計を見るとすでに8時半。私の家からその農家さん宅までは、歩いて片道30分はかかります。急いで洗濯の手を止め、慌てて現場へと駆け出しました。

…まあ、ケニアの時間の流れを考えれば分かってはいたことですが、9時に到着しても同僚の姿はありません。 せっかくなので同僚を待つ間、農家さんが用意してくれた温かい朝ごはんをご馳走になりながら、のんびりとキノコのコンディションをチェックして過ごすことにしました。

きのこ栽培部屋の隅を見ると、ネズミの死体が転がっていました。どうやら農家さんが飼っている猫が仕留めたようです。 キノコの培地袋にとって、大敵であるネズミを退治してくれる猫は、極めて優秀な「警備員」です。しっかりといい仕事をしてくれていました。

袋を観察していると、以前虫に開けられてしまった小さな隙間から、キノコが発芽しているのを発見しました。本来のプロセスからすれば完全にフライングなのですが、それでも、自分たちが仕込んだ菌床から小さな命が力強くツノを出している姿に、心の底から震えるような感動を覚えてしまいました。

10時前になってようやく同僚が到着し、諸々のコンディションを一緒に確認しました。 彼女は、最もこのプロジェクトに当事者意識を持って伴走してくれています。本当に素晴らしい相棒です。 明後日には専門のトレーナーを迎えて、本格的な発芽に向けた「袋の開封作業」を行います。カビによる大量廃棄など色々なトラブルもあり、時間もかかりましたが、ひとまず最初の収穫サイクルまでは何とか辿り着けそうです。まずは本当に良かった。

ビー玉を投げ捨てた父親と、言葉にならない違和感

作業の合間、農場の庭先で、3〜4歳くらいの未就学の小さな男の子が楽しそうに遊んでいる姿が目に入りました。男の子は、たった一つのビー玉を宝物のように転がして、実に嬉しそうに走り回っています。その無邪気な姿に、こちらも自然と笑みがこぼれ、微笑ましく眺めていました。

しかしその直後…

子どもがうっかり、近くに座っていた父親の足元にビー玉を落としてしまった(あるいは当ててしまった)時のことです。 父親は突如として激高し、その小さな男の子を思い切り叩き、さらに男の子が大切にしていたビー玉を力任せに、近くの鬱蒼とした森の中へと放り投げてしまいました。

子どもはもちろん、この世の終わりがきたかのように大泣きしてその場にへたり込んでしまいました。

ケニアの家庭や学校において、叩く、殴るといった体罰による教育が、今なおごく一般的に行われていることは知識として知っていました。現地の人々からすれば、そうやって厳しく力で押さえつけなければ、子どもに言うことを聞かせられないという彼らなりのロジックがあるのかもしれません。

それでも、目の前で繰り広げられたその無慈悲な暴力と、ビー玉を奪われた子どもの絶望した泣き声を前にして、私は胸が締め付けられるように痛くなり、どうしても見て見ぬふりをすることができませんでした。

それは、違うだろ

心の中でそう叫びながら、外から来ただけの自分にはその親子関係に踏み込む権利がないというもどかしさの狭間で、言いようのない重い違和感を抱えて、その場を後にしました。

「りんご」から「パッションフルーツ」へ。未来を見据えた意思決定

午後からは、久しぶりに同僚オフィサーたちが揃っていた農業事務所に戻り、これからの「いちご」と「きのこ」、そしてその先に控える新規プロジェクトについて、じっくりとミーティングを重ねました。

議論の中で、次のアグリビジネスの柱として期待していた「りんご」について、改めて現実的なシミュレーションを行いました。

最近の気候データやケニア農業研究所(KALRO)の過去のレポートなどを突き合わせてみると、私たちが活動するカカメガのエリアにおいて、りんごを商業規模で大々的に定着させるのは、やはり技術的・気候的なハードルが高そう。
さらに、仮に植えてから1年程度で実が成る品種があるとしても、私たちの残された任期(残り1年半)という短期的なプロジェクトの中で、苗の選定から本格的な販路確立までをハンドリングするのは、時間的なリスクが高すぎます。

そこで同僚と話し合い、りんごについては「一度に大きく広げない」という方針でフィックスさせました。 まずは5〜10本程度の極小規模で、任地の近くの特にやる気が抜群にある農家さんの庭先に試験的に植えてもらい、長い目でお手本として小さく育ててもらうことにします。

その代わり、マトゥングの第3の柱となる「新しい高付加価値作物」のプロジェクトを、別で立ち上げようという作戦会議になりました。 条件はシンプルです。

  1. 栽培・収穫のサイクルが早いこと(任期中に形にできること)
  2. 地域および近隣都市に、確実な市場があること
  3. カカメガ・マトゥングの気候条件に合致していること

これらの条件をテーブルに並べた結果、「パッションフルーツはどうか」というアイデアが同僚から持ち上がりました。 まだこれから詳細な初期コストや栽培マニュアル、販路の調査が必要ですが、直感としても非常にポテンシャルの高そうな面白い候補です。

自分たちだけで机の上で調べるのではなく、現地の同僚オフィサーたちが「それならやれる、これなら行ける」と主体的にアイデアを出し合ってネクストアクションとスケジュールをフィックスできたこと。その意思決定のプロセス自体が極めて健康的で、実りある有意義な時間になりました。

永瀬アンナの光と、AIには代替できないメッシの神技

帰宅後は、週末に観られずにたまっていた大好きなアニメを消化しながら、自炊したご飯を食べる至高のリラックスタイム。

今季最終回を迎えた『あかね噺』のクオリティは、本当に圧倒的で素晴らしかったです。 今シーズンのアニメシーンはどれも全体的に非常にレベルが高かったですが、個人的には声優の「永瀬アンナ」さんの存在感が一際眩しく光っていました。 主人公の「あかね」を演じながら、劇中の落語を見事にこなし、さらに並行して『氷の城壁』では主人公を『マリッジトキシン』でも全く異なるキャラクターを完璧に演じ分けている。まさに今期の「顔」とも言える彼女の圧倒的な才能と表現力には本当に感動させられました。プロの仕事は、いつでも美しいです。

夜、Podcastの収録を一本済ませたあと、サッカーのアルゼンチン戦を観戦しました。

試合の序盤、神様がPKを外した瞬間は「おっ」と声が出てハラハラしましたが、それでも試合全体を支配する彼の圧倒的なプレーを見ていると、やっぱり彼は歴史上最高の選手(GOAT)なのだと、改めて平伏するしかありませんでした。

リオネル・メッシ。

ピッチ上での瞬発的な判断力、身体の重心の滑らかな移動、そして相手の裏を一瞬で突くパスセンス。鳥肌が立つような魔法は、最新のAIをどんなに駆使しても論理的に説明することはできないし、当然、何兆個のコードを組み合わせたって代替することなんて絶対に不可能です。

人間本来が持っている五感、肉体、および情熱が生み出すからこそ、スポーツはこれほどまでに世界中を熱狂させ、人々の心を激しく揺さぶるのでしょう。それはまさに、私たちが「人間であること」の象徴のような素晴らしい熱源だと思います。

不条理な現実に胸を痛めることもあれば、小さな発芽に涙が出そうになることもあり、これからの挑戦に胸を躍らせ、大好きなエンタメに心を躍らせる。

やっぱり、ケニアでの日々は難しくて、でも、ものすごく楽しい。 明後日のきのこの開封作業に向けて、また明日からも、しっかりと自分の役割を全うしていこうと思います。