【ケニア派遣181日目】5倍に増えた苗といちご農家の自立。炎天下の畝立てと、手のひらにできた労働の勲章

自ら学び、主体的にディスカッションを重ねるケニア人農家とのいちご栽培。順調に拡大する一方で、帰路に目にしたのは、異常な豪雨と強風によってなぎ倒された収穫間際のメイズたち。保険もない途上国農業において、避けては通れない自然の脅威と残酷なリアル。

畑は4倍、苗は5倍。農家の「自立」が形になる喜び

今日は、丸一日「いちごデイ」でした。

朝イチで病院のいちごの進捗を確認しに向かいましたが、こちらは管理もしっかり行き届いており、極めて順調。まずは幸先の良いスタートです。

次に向かったのは、パートナー農家さんの畑。 当初の計画では、そろそろフルーツを収穫して本格的な販売プロセスに移る予定でした。しかし、現在は農家さん自身の「まずはとにかく苗(株)を十分に増やしたい」という意向に沿って、栽培戦略をピボットさせています。 十分に苗の量が確保できてから、満を持してフルーツ用の本区画へと移植する作戦です。

ケニアの気候は良くも悪くも、1年中実が成り、いつでも収穫ができてしまいます。そのため、フルーツを生産するタイミング自体はかなり柔軟に調整が可能です。 ただし、今ここで私たちが育てている「チャンドラー」という品種は、1年に1回だけ実をつける一季成りの性質を持っています。四季成りの品種とは違い、適切なタイミングでメリハリをつけて管理してあげないと、株の元気がなくなってしまい、成る実もどんどん小さくなってしまいます。だからこそ、今のうちに苗をしっかりと強く育てておこうと思います。

今日は、苗用の区画をさらに約2倍に拡張する作業を行いました。

ふと気づけば、最初に彼と一緒に作った小さな畑の広さは、いつの間にか4倍以上に広がっています。 株の数に至っては、最初の5倍ほどにまで増殖しているはず。あまりに多すぎて、もう正確な数は数え切れません。

何より嬉しいのは、農家さん自身が指示をただ待つのではなく、自発的に色々と調べ、勉強をして、私に「こういう方法はどうだろうか」とディスカッションを仕掛けてくれるようになったことです。 彼のそんな積極性と知的な対話に支えられ、プロジェクトはぼちぼち、でも着実にスケールしています。

いよいよ次は、フルーツを成らせる段階。
そして、この成功モデルを他の農家へと横展開していくフェーズです。 気合が入ります。

炎天下の畝立てと、これ以上なく胃袋に沁みる農家飯

拡張作業のため、今日は容赦なく照りつける炎天下のなか、ひたすら重い鍬を握りしめて土を耕し、畝(を立て続けました。

鍬を打ち下ろすたびに、容赦なく体力が削られていきます。 夕方、作業を終えて自分の手を見てみると、手のひらの皮が剥けていました。 ヒリヒリとした痛みが走りますが、「ああ、今日もしっかりと土にまみれて労働したな」という心地よい充実感が、泥だらけの身体を満たしていきました。

作業が終わると、農家さんが作ってくれた出来立ての温かいご飯をご馳走になりました。

限界まで身体を動かした後の、手作りのご飯。 これが、笑ってしまうくらいに美味い。乾いた身体の隅々にまで栄養がじわじわと染み渡っていくのが分かり、胃袋の底から深く、深く沁みるのを感じました。

収穫間際のメイズを襲った、自然の無慈悲な爪痕

しかし、お腹を満たして温かい気持ちで帰路につく途中、目を疑うような光景が飛び込んできました。

道路の脇に広がる畑。 そこには、収穫を目の前にして大きく実っていたはずのメイズ(トウモロコシ)の大部分が、まるで巨大な力で踏み潰されたかのように、無残に地面になぎ倒されていました。

最近、マトゥングをたびたび襲っている異常なまでの豪雨と、吹き荒れる暴風の爪痕でした。

これだから、自然と対峙し続けなければならない「農業」という営みは、本当に難しい。 人間がどんなに緻密な計画を立て、どんなに愛情を注いで毎日鍬を振るったとしても、天候というコントロール不可能な外的要因ひとつで、一瞬にしてすべての努力が無に帰してしまう。

特にメイズは、農家たちにとって本当に収穫直前、あとは果実を刈り取るだけという、期待に満ちたタイミングだったはずです。これがダメになるということは、彼らの直近の生活費や食費といった生存のための収入が直撃を受けることを意味します。 日本のような農業保険があるわけでもないこのケニアの田舎で、彼らがどれほどの経済的・精神的打撃を受けるのかを想像すると、胸が締め付けられるように痛みます。

自然の恩恵を受けながら、同時にその圧倒的な狂暴さに脅かされる。 この地で生きるということは、その不条理さをすべて受け入れることなのかもしれません。

今日は身体を極限まで使い、大きな可能性と、抗えない残酷な現実を同時に見つめた、濃い1日でした。 手のひらの痛みをさすりながら、今夜は泥のように深く眠ろうと思います。