木のトンネルと、日本の「情緒」を想う朝
昨日は隣のカウンティ(日本でいう「県」)の同期の任地に泊まらせてもらったので、そちらで朝を迎えました。
帰り道、ふと上を見上げると、幹線道路が覆いかぶさるような見事な木の屋根で包まれていました。 木漏れ日が差し込む美しい緑のトンネルを歩きながら、「これがもし桜だったら、どんなに綺麗だろうな」と、日本の春を思い浮かべていました。
日本はいま、ちょうど紫陽花が咲き始め、しっとりとした雨が降る梅雨の季節でしょうか。 巡る四季に合わせて、その時期だけの特別な野菜が並び、美しい花が咲き、人々がそれを当たり前のように楽しむ。そんな日本の情緒の豊かさは、異国にいるからこそ、いっそう色鮮やかに、愛おしく思い出されます。
言語のコスパと、小さなコミュニティの「連帯」
この地域の市場には、普段の任地マトゥングではあまり見かけない、豚が売られていました。せっかくの機会なので、な豚肉を購入しました。
買い物中、店員と会話をしていて、気づいたことがあります。 私の任地マトゥングと同じ「ルヤ語」のエリアであるはずなのに、ルヤ語の中でも方言のような細かな分岐があり、交わされる挨拶さえ異なっていました。
ケニアの現地語(民族語)はただでさえ習得するのが難しいのに、それを一生懸命覚えても、ほんの少し移動するだけで使えなくなってしまう。 学ぶコスパという意味では、正直すごく悪いな、と頭をよぎりました。
でも、裏を返せば、その狭い範囲でしか通じない言葉こそが、小さなコミュニティ内の強い結びつきを生み出し、外から来た者がそれを理解しようと歩み寄ることで、彼らがとても喜んでくれる理由なのかもしれません。 言葉によって紡がれる深い連帯。ケニアの社会を形作る、そんな目に見えない温かい繋がりの輪を感じた瞬間でした。
奇跡の出会い「ムレンダ」と、インフラのシーソーゲーム
帰路の途中、隣町で少しの野菜と、大きなペットボトルの水を買って帰ることにしました。
そこで出会ったのが、「ムレンダ(Murenda)」という現地の伝統野菜。 見た目も調理した時のねばねば感も、日本の「モロヘイヤ」にそっくりです。栄養価が非常に高いうえに、癖が全くなくて、これがとても美味しい! スープやお浸しにしても最高そうで、今後の我が家の食卓でのリピート確定リストです。
マトゥングの家に到着。 部屋に入って蛇口をひねると、嬉しいことに、今夜は「水」が出ました。 ……しかし、代わりに今度は「電気」がありません。
水が来れば、電気が消える。 電気が来れば、水が止まる。 どうしてこの2つは、なかなか同時に揃ってくれないのでしょう。この、どちらか一方しか手に入らないインフラのシーソーゲームもまた、すっかりお馴染みの日常です。
3時間火入れした角煮と、良い仕事のための哲学
停電で薄暗い中、それでも水と豚肉があるという奇跡を無駄にはできません。 今夜は贅沢に、ポテトサラダと「豚の角煮」を自炊することにしました。
ガスコンロに火をつけ、約3時間をかけて、ゆっくりゆっくりと火入れをして仕上げた豚の角煮。
出来上がった角煮を口に運んだ瞬間、その柔らかさと口いっぱいに広がる旨味に、ちょっと美味しすぎて涙が出そうになりました。最近のお腹の不調や、断水のストレス、そんな日々の泥臭い疲れが一気に吹き飛んでいくような気がしました。やっぱり、美味しいご飯には、人を救う圧倒的なパワーがあります。
美味しい食事でエネルギーをフル充電できたので、夜は集中してPCでの作業に取り組みました。
良い仕事は、良い食事と、良い睡眠から。
任地での活動計画ディスカッションも近づいています。身体の調子をしっかりと整え、健やかな心と体で、明日からもまた泥臭く、しっかりと歩みを進めていきたいと思います。
