【ケニア派遣178日目】離任後も「続く」仕組みとは?同期の逞しい米作りから学んだ、合理的農業ビジネスのヒント

ケニア派遣178日目。隣のカウンティで米作りの普及に挑む同期隊員を訪問。傾斜地でメイズが育たない土地特性を見極め、前任者が去った後も自立して続いている合理的システムを分析。一方で、将来的な貨物列車計画による安価な輸入米の脅威と、小規模農家のサステナビリティの難しさを考察します。

同期の逞しさと、笑顔が溢れる丘陵地のコミュニティ

今日は、隣のカウンティ(日本でいう「県」)で活動する、協力隊の同期隊員のもとを訪ねてきました。彼の実際の現場を見て、活動を勉強させてもらうのが目的です。

彼が活動する地域は、ケニア国内でもトップレベルに経済規模が小さく、エリア自体もとても狭い場所。 しかし、その限られた土地にたくさんの人が暮らしており、人口密度がものすごく高いのが特徴です。しかも、なだらかな丘陵地が続いているため、農家にとっては平らな農地が少なく、どこもかしこも坂ばかり。農作業をするだけでもかなり体力を削られる環境で、結果的に貧しい暮らしを余儀なくされている人も多いのが現実です。 さらに子供たちのドロップアウト(中退)率も高く、大人でも公用語の英語を話せない人が珍しくありません。

そんな過酷とも言える環境の中で、しっかりと根を張って活動している同期の姿に、心から尊敬の念を抱きました。

何より彼が素晴らしいのは、ケニアの文化や人々を心の底からリスペクトしていること。任地に赴任した当初から、とにかく丁寧な「挨拶回り」を徹底して重ねてきたのだそうです。その甲斐あって、彼と一緒に道を歩いていると、何歩か進むたびに誰かしらから嬉しそうに声をかけられ、立ち話が始まって一向に前に進めないほど。ものすごくたくさんの人々と、温かい友人関係を築いていました。

私自身、活動の中で「この人に関わっても、あまり直接的な活動のメリットがなさそうだな……」と頭で判断してしまうと、つい関わりをスルーしてしまうような冷徹な部分があります。だからこそ、誰に対してもフラットに、温かい関係性を広げている彼の姿勢が眩しく、そして本当に素晴らしいなと感じました。

もちろん、歩いていると「ちんちょん」とからかい半分のアジア人蔑視の言葉を投げかけてくる現地人もいます。 しかし彼は、「彼らは悪意があって言っているわけではなく、ただアジア人に対するコミュニケーションの引き出し(言葉)をそれしか持っていないから、挨拶代わりに発している場合もあるんだよ」と笑って話してくれました。 楽しそうに、けれど真摯に現地と交わる彼の姿に、国際協力のひとつの極意を見た気がしました。

合理性が紡ぐ「離任後も続く米作り」の仕組み

彼は今も大学院で農業(稲作)を専攻している専門家で、現地の農家たちと一緒にお米の栽培を行っています。

このお米の普及活動は、もともと彼の前任の隊員が始めたものだそうです。現地のお米農家たちから色々とお話を伺う中で、このプロジェクトがなぜ続いているのか、その「合理的な裏付け」がはっきりと見えてきました。

一帯の土壌の保水性、周辺に生い茂っている特定の雑草の種類、そして傾斜地であること。 これらの条件が重なり、ケニアの主食であるメイズ(トウモロコシ)はここでは全くうまく育ちません。一方で、その水が溜まりやすく、坂になっているという一見ネガティブな土地特性が、実はお米作りにはこの上なく適していたのです。

この紫の花を咲かせる雑草が悪さして、メイズがうまく育たないそう。

現在、お米の販売単価や具体的な収益性がそこまで爆発的に高いようには見えませんでした。 しかし、前任の隊員がケニアを離れてから数年が経過した今もなお、農家たちはお米の栽培を自立してしっかりと続けており、それなりの収入を得て生計を立てています。

ボランティアが去った後に、元の生活に逆戻りしてしまう活動は山ほどあります。 しかしここでプロジェクトが持続しているのは、「土地の特性に合致していること」、そして農家自身が「これなら自分たちでも継続できる」と実感できる合理的なシステムとして、地域にしっかりと溶け込んでいるから。

持続可能な活動とは何か。という、私が日々悩んでいる問いに対する、ひとつの明確な答えがそこにありました。

元気に育つ米。これは陸稲です。

貨物列車計画と、サステナビリティの果てしない問い

しかし、そんな合理的なお米作りにも、時代の変化という不穏な影が忍び寄っています。

現在、この地域を縦断する「貨物列車の線路敷設計画」が持ち上がっているそうです。 もしもこの計画が実行され、鉄道が開通してしまったら、お隣ウガンダから安価で大量のお米が瞬く間にこの市場へ流入してくることになります。それだけでなく、ケニア国内の他の大規模なお米生産地ともダイレクトに繋がってしまいます。

そうなれば、傾斜地でせっせと手作業でお米を作っているこの地域の小規模農家たちが、価格競争で生き残るのは極めて困難になるでしょう。

気候変動による天候の予測不能さに加え、インフラ整備という一見ポジティブな開発が、ローカルな小規模農業の自立を脅かしてしまう。 「ずっと続いていくものを作る」というのは、本当に、頭が痛くなるほどに難しい課題です。

将来、こうした市場の激変が起きたとき、別の作物へ切り替えたり、売り方を変えたりできる「適応力や柔軟な考え方」を農家たちに教育できたら理想的です。 けれど、明日のご飯をどう食べるかという極限の目線で生きている農家たちにとって、数年先の市場変動を見据えたマインドセットを持つというのは、言うほど簡単なことではありません。つくづく、開発の現場は一筋縄ではいかないなと、考えさせられました。

炭を使った自然の冷蔵庫。あるもので作るケニア人の工夫する精神から学ぶことは多いです。

湧水がもたらす阿蘇の記憶と、私の現在地

今日は同期の逞しい活動に刺激を受けながら、アップダウンの激しい丘陵地をたくさん歩き回りました。 体力的にはかなり疲れましたが、緑に囲まれた静かな田舎の空気は、驚くほど心地よかったです。

散策の途中、地元の人たちが日常的に使っているという「湧水」の場所に立ち寄りました。 そのまま口に含んでみると、ひんやりと冷たくて、本当に美味しかった。ケニアの田舎で、そのまま飲めるほど澄んだ綺麗な水に出会えるとは思っていなかったので、新鮮な感動がありました。

こんなに美味しい水でお米を育てたら、きっと素晴らしいお米ができるんだろうな。

そんなことを考えていると、ふと、日本にいた頃に訪れた熊本の阿蘇の瑞々しい風景が、頭の奥から鮮やかによみがえってきました。ケニアの山奥と阿蘇の湧水。地球の裏側であっても、自然の恵みがもたらす豊かさは、どこか地続きで繋がっているような気がして温かい気持ちになりました。

他の隊員が現地に完全に溶け込み、素晴らしい成果を出している姿を目の当たりにすると、どうしても自分と比べてしまい、圧倒されて自分はまだまだ何もできていないな……と落ち込むこともあります。

しかし、活動にはその地域ならではの環境要因も大きく影響します。
人と比べて焦る必要はない。比べることに意味はない。(頭で分かっていても中々難しいものです)

任地マトゥングに戻れば、また水が出なかったり、泥臭いトラブルが待っていたりする日常が待っています。けれど、それが私のフィールドです。 同期の逞しさから学んだ「仕組み作りの合理性」と「人へのリスペクト」を胸に抱きながら、私も、私の任地でできることをしっかりと見極め、目の前の農家たちとどこまでも実直に向き合っていこうと思います。

シードバンク。伝統野菜の種を保管している場所です。
すごく細かくたくさんの種類の種がありました。