長いナイロビ滞在の終わりと、10時間のバス移動
朝早くから荷物をまとめ、移動を開始。
振り返れば、今回のお金も時間もたくさん使った、結構長めのナイロビ滞在も今日で終わりです。確かに財布は少し寂しくなりましたが、それ以上に楽しく、何より「食」も「農」も「アート」も、本当に多くの学びと刺激を得られた最高の時間でした。後悔なんて微塵もありません。
帰りの長距離バスは、なんと車内Wi-Fiがしっかり繋がる優れもの。ナイロビから任地までの約10時間の長旅でしたが、お尻がじんわりと痛むのを除けば、とても快適な時間でした。この10時間の移動を「快適」と感じ、へっちゃらだと思えている自分に、ケニアでの移動慣れを感じて我ながら少し笑ってしまいます。車中では、普段の活動中に見られず溜まっていたアニメや漫画を一気に消化して、のんびりと過ごしていました。
車内で感じた、文化とマナーの小さな摩擦
そんな穏やかなバス旅の途中で、少し心に引っかかる出来事がありました。
通路を挟んで隣の席に座っていたケニア人と、その後ろの人。 2人とも車内でずっとピーナッツを食べていたのですが、驚いたことに、まるで屋外にでもいるかのように、むいた殻やゴミをそのまま床にポイポイと落としながら食べていたのです。 気づけば、バスの床はピーナッツの殻でゴミだらけになっていました。
ケニアに半年近く暮らして、現地のいろいろな大雑把さには慣れてきたつもりでした。けれど、なぜかこの光景には、結構なショックを受けてしまいました。心の中で「ちょっと、それは許せないな……」と思ってしまうほどに、ざわざわとした感情が湧き上がってきたのです。
きっと、ナイロビで洗練されたアッパー層の人たちや、多国籍で綺麗に管理されたショッピングモールに身を置いていたからこそ、そのギャップに心が敏感になっていたのかもしれません。
「郷に入れば郷に従う」とは言うけれど、どうしても譲れない、受け入れがたいマナーの境界線が自分の中にある。そんな自らのグラデーションを再確認した出来事でした。

マトゥングの洗礼と、なぜか抱く安心感
バスは走り続け、夕方の18時ごろに無事到着。
行きよりも少し早く帰ってくることができました。
ただいま、久しぶりのマトゥング。
バスを降りると、空からは容赦ない大雨が降り注いでいました。
そして我が家に帰宅。案の定、家は停電していて真っ暗。
キッチンのシンクは相変わらず水が流れないままで、水道の蛇口を捻ってみても、水が出たり出なかったり。
ナイロビの、あの強い水圧。蛇口をひねれば、当たり前のように温かいシャワーが吹き出してくるあの贅沢な環境は、やっぱり信じられないほど幸せなことだったんだなと、暗闇の中で身に染みて感じます。
けれど同時に。 この電気がなくて真っ暗で、水も出なくて、設備も不安定な我が家に帰ってきたとき、心の中にスッと「ああ、帰ってきたな」という不思議な安心感が広がったのも事実です。不便極まりないこのインフラに、私の身体と心は、いつの間にかすっかり実家のような居心地の良さを感じ始めているようです。
電気がなくてできることもないので、今夜はスマートフォンの明かりだけを頼りに、早く布団に入ることにしました。
明日からは、いよいよ任地での活動再開です。ナイロビという大都会で、見て、聞いて、五感で触れてインプットしてきた数々の刺激や農業ビジネスのヒント。それを、ここマトゥングの地でどうやって泥臭くアウトプットしていくか。
明日から、また頭と身体をフルに動かして、しっかり一歩ずつ活動を前に進めていきます!