【ケニア派遣169日目】曖昧な祝日と11時間の移動。大都会ナイロビで知る、エリートたちが田舎へ還る理由

最近急に決まったという曖昧な祝日の朝、任地マトゥングから首都ナイロビへ11時間の長距離移動。同期隊員との移動中の雑談や、これからの活動へのアイデアを温めながら過ごした移動日の記録。

曖昧な祝日と、11時間の旅路

今日はケニアの祝日でした。 どうやら最近になって急に決まった祝日らしく、国全体がなんだかそわそわと、そしてどこか曖昧な空気に包まれていました。

普通にオフィスに出て働いている人もいれば、カレンダー通りにしっかり休んでいる人もいる。私の配属先の同僚たちは普通に働いていましたが、他の隊員の任地では受入先が完全に閉まって休みになっているところもあったようです。 こういう、ルールがあるようでないような、カチッとしすぎないケニア独特の曖昧さは、個人的には嫌いじゃありません。

私は今日から、大学や先進農家を視察するために再び首都ナイロビへ向かいました。 私の任地マトゥングからナイロビまでは、バスで11時間以上かかります。そのため、今日のタスクは移動のみ。文字通り、丸1日を移動バスの座席の上で過ごすことになります。

いつもなら退屈で身体がバキバキになる長距離移動ですが、今日は他の隊員も一緒だったおかげで、とても楽しく、あっという間の時間を過ごすことができました。

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揺れるバスと、同期と育てる未来のアイデア

移動中の車内では、これから一緒に仕掛けたい面白いアイデアについて語り合いました。 自分の頭の中だけでこねくり回していた構想も、同じように現場でもがいている同期にぶつけてみると、形が整い、新しい可能性が見えてきます。

真面目な活動の話に疲れたら、他愛のない雑談をしたり、ダウンロードしておいた映画を観たり、お気に入りのポッドキャストを聴いたりと、思い思いの時間を過ごしました。

道中、バスの運転がかなり荒く、途中で少し気分が悪くなってしまう場面もありました。 それでも、今日はいつもより道がスイスイとスムーズに進み、夕方、まだお天道様が昇っている明るいうちに無事ナイロビに到着することができました。これだけの長距離移動で、暗くなる前に宿にチェックインできたのは、それだけで大きな勝利です。

到着後、スーパーに立ち寄り、お惣菜や食べたいものを色々と買い込んでから宿へ向かいました。

ナイロビのスーパーには白人もアジア人も、いろんな人がいる…

都会で稼ぎ、田舎で耕す。ケニアのUターン

およそ2ヶ月に1回のペースで訪れているナイロビ。
しかし、何度来ても、この街の「圧倒的な都会さ」には言葉を失います。

立ち並ぶ高層ビル、ひしめき合う人、そして車の波。 私の暮らすマトゥングの静かな景色とは、まるで別の国です。同じケニアという国の中に存在する、この強烈な二極化を、都会のビル風に吹かれながら改めて肌で感じます。

知人から聞いた話によると、ケニアの一部のエリート層の中には、興味深いキャリアパスを選ぶ人がいるそうです。彼らは若い頃にこの大都会ナイロビで必死に働き、高い給料を得てしっかりと資産を築きます。そして、十分な資金を手にすると、若くして大都会のキャリアを捨てて自分の故郷(田舎)へ帰り、そこで農業を始めるのだとか。

地方から東京へ出て、やがて地元に還っていく。 なんだか日本のUターン現象やライフサイクルにとてもよく似ていて、親近感を覚えるとともに、非常に腑に落ちました。

なぜなら、この大都会ナイロビに来るたびに、私自身も「早く自分の任地へ帰りたいな」と思ってしまうからです。

都会は便利で、刺激的で、何でも手に入ります。でも、その分だけ常に何かに追われているようなノイズに満ちています。 それに比べて、私の任地マトゥングは空が驚くほど広くて、時間が本当にゆっくりと流れている。生活の不便さは多々ありますが、あそこには間違いなく、都会にはない「豊かな生の余白」があります。 都会の喧騒に揉まれることで、皮肉にも自分の愛すべき任地の良さを、毎回新鮮に再発見させてもらっています。

寒いナイロビの夜と、緩むお財布

今夜は久しぶりの都会ということもあり、少しだけお財布の紐を緩めて、美味しいお惣菜やご飯を食べながら、夜を過ごしました。

それにしても、夜のナイロビは本当に寒いです。
標高1,700m近い高地ならではの冷え込みが、移動で疲れた身体にじんわりと染み込んできます。

空が少し狭い。