「行きあたりばっちり」という軽さと丁寧さ
午前中は、アフリカ農業に関するオンラインセミナーに参加しました。
登壇されていたのは、JICAの職員として数十年アフリカに携わり、その後はNGOやスタートアップに参画し今なお最前線で活動されている大先輩でした。 その生き様を一言で表すなら、「人生行きあたりばっちり」。
「行き当たりばったり」をもじったこの言葉通り、ユーモアに溢れ、何が起きても面白がれる器の大きさを感じさせる、本当に魅力的な方でした。 同時に、お話の内容は極めて濃く、実践的。 アフリカのような予測不能な国で仕事をするには、こういう、変化を軽やかに受け止める「軽さ」と、現場に深く潜り込む「丁寧さ」のバランスこそが何より重要なのだと、感じました。
SHEPの即効性と、土壌保全の長い時間軸
セミナーの中で最も熱い議論になったのが、「土壌保全」についてでした。
ケニアを含む東アフリカ諸国は、赤道直下の強烈な太陽光によって土壌の有機物が分解されやすく、放っておくと土がどんどん劣化してしまいます。さらに、戦争による金属汚染などの悲劇に直面しているウクライナのような例もあります。 どちらの国も、GDP(国内総生産)における農業の割合が極めて高く、土の健康はそのまま国の命運を握っています。
しかし、この土壌保全というテーマは、支援の現場において非常に一筋縄ではいきません。
現在、JICAが推進しているSHEP(市場志向型農業)のようなマーケットインのアプローチは、農家がすぐに「稼げる」ため、結果が出るのも早く、農家も喜んで取り組んでくれます。 一方で、土壌保全は時間軸が「途方もなく長い」のです。 有機物を入れ、堆肥を混ぜ、じっくりと土を育てる。その効果が目に見えて現れるには数年単位の時間がかかります。しかし、土が死んでしまってから気づいたのでは、もう手遅れなのです。
明日の食費にも事欠く小規模農家に、「将来のために、今すぐお金と労力をかけて土壌保全をしよう」と納得してもらうのは、現実問題として極めて厳しいと言わざるを得ません。
モチベーションと「アジャイル開発」としての農業
それでも、マトゥングの私の任地を歩き回る中で、この土壌保全について自発的に熱く語る農家に、これまで二人だけ出会ったことがあります。
一人は、畑を直射日光にさらさないために、マルチングの代わりに「ムクナ(生命力の強い豆科の植物)」を生やして土を覆っていると自慢げに話してくれました。 もう一人は、自分でバーミコンポスト(ミミズ堆肥)のシステムを作り、良質な有機物をせっせと畑に投入していました。
彼らは、決して大資本を持つ大規模農家ではありません。日本で言えば小規模農家に入るような、小さな規模でやっている農家さんです。 それでもこれだけの工夫ができる。 これは、知識の有無というより、最終的には「本人のモチベーション」と「インプットを形にする行動力」の差なのだと思います。
もちろん、彼らにとってお金のかかるスマート農業のような最先端のシステムを導入するのは不可能です。でも、身の回りにある素材を使って、自分なりの工夫で土を豊かにしていくことは、十分に可能です。
あらかじめ完璧な設計図を用意して押し付けるのではなく、現地の人々に少しだけ「余白」を残して渡し、彼らの工夫やフィードバックを得ながらその都度やり方を修正していく。 このプロセスは、IT業界でよく言われる「SaaSのアジャイル開発」のフローに非常によく似ています。最初から100点を目指さず、現場を動かしながら一緒に改善を重ねていく。このやり方こそが、ケニアの農業開発においても一番効果的なのではないかと思考を巡らせていました。
1時間先の強制帰国と、世界が揺らぐリアル
午後は、まだ万全ではない身体を休めるため、ドラマを観たり漫画を読んだりして、静かにリラックスして過ごしました。
その中で、隣国ウガンダに派遣されている協力隊員たちが「全員強制帰国」になるという、衝撃的なニュースが入ってきました。 理由は、ウガンダ国内での「エボラ出血熱」の感染拡大です。特効薬やワクチンが十分に普及していない致命的なウイルスであるため、万が一の事態を防ぐためのJICAの迅速な安全管理判断でしょう。
ウガンダ国境は、私の任地マトゥングからマタツ(乗合バス)でわずか1時間ちょっとの距離です。 数日前、国境の街ブシアを訪れたばかりの私にとって、これはあまりにも近すぎる、生々しい現実です。決して「他人事」として片付けることはできません。
この半年の間に、ヨルダン、そしてウガンダと、訓練を共にした仲間たちが、次々と「強制帰国」という形で夢半ばにして任地を去ることになりました。 訓練所で、コロナ禍によって帰国を余儀なくされた大先輩たちの悔しい話を聞いてきましたが、2年間という任期を、何事もなく無事に最後まで活動をやり切るということ。それは、実は「当たり前のことではない」のだと、冷たい事実を突きつけられました。
途上国と呼ばれる国々は、戦争やインフレ、新興感染症といった「世界の不安定な波」の影響を最もダイレクトに、そして深く受けやすい脆弱さを持っています。 どこから、どんな危機が降ってくるか分かりません。
私は、同期の誰よりも多くの体調不良に見舞われ、左手にはナタで切った大きな傷跡もあります。 「足踏みしている場合じゃない。早く結果を出さないと」と焦る気持ちは常にあります。でも、ここで焦って無理をして自滅しては、強制帰国を余儀なくされた仲間たちに対して顔向けができません。焦らず、自分の体をコントロールしながら、今できることを淡々とやっていこうと思います。
ポーカーフェイスの復活劇から、勇気をもらう
少し落ち込みそうになっていた私の心を救ってくれたのは、遠い日本から届いた、大相撲5月場所の結びのニュースでした。
私の推しである、若隆景関が優勝を果たしました。
大怪我を患い、一時は幕下まで番付を大きく落としながらも、泥臭く這い上がり、ついに再び賜杯を手にしたその姿。 そして何より、優勝が決まった瞬間ですら、表情一つ変えずにグッと何かを堪え、ポーカーフェイスを貫き通したその佇まい。 鳥肌が立つほど、最高にかっこよかったです。
どれほどの悔しさを、痛みを、そして焦りを、彼はあの静かな無表情の裏に押し殺して、土俵に立ち続けてきたのだろうか。 彼のその背中から、言葉にできないほど大きな勇気をもらいました。
怪我をしたって、番付が落ちたって、何度でも、またここから這い上がればいい。
指の痛みをさすりながら、明日からの新しい1週間に向けて、強く胸を張る。
「よし、頑張ろう」 若隆景関のポーカーフェイスに静かな闘志をもらった、166日目の夜でした。