【ケニア派遣126日目】歌と踊りの卒業式。マトゥングを「養殖のハブ」に変える農家たちの熱量

カカメガでの活動
カカメガでの活動

弾ける笑顔と「ケニア式フォーマル」

今日はマッシュルームの話はお休みで、一日中「魚」にまつわるイベントに参加してきました。

マトゥング地域内で、養殖農家が約100人、行政や支援関係者が約20人集まる大規模なイベントです。午前中は関連企業の展示や養殖場の視察、午後は21週間にわたる研修を終えた農家たちの「卒業式」が行われました。

面白かったのは、その「空気感」です。 来賓が到着すると、歌と踊りで大歓迎。イベントの最中にも突然歌ったり踊ったり、時には動物のような奇声を上げる人もいて、絶えずコールアンドレスポンスが巻き起こります。

「これが彼らにとっての公式行事で、丁寧なもてなしなんだな」と感心しました。 日本の厳かで静まり返った行事とは対極にあります。でも、みんな弾けるような笑顔で、心の底からすごくすごく楽しそう。こういう明るいエネルギーのあり方には、憧れます。

すでに顔見知りになった人も何人かおり、少しずつ自分の顔が地域に広がっているのを感じました。(ただ、名前と顔を一致させるのが本当に大変で、いつも「どこで会った人だっけ……」と申し訳なく思いながら挨拶しています)。

私も、マイクを持って、スワヒリ語で一生懸命自己紹介しました。顔覚えてもらえるといいな。

「池を掘るだけ」から「ビジネス」へ

卒業生代表のスピーチをはじめ、会場全体から「養殖をビジネスとして成功させる」という強烈な熱量を感じました。

彼らはもう、ただ池を掘って魚を入れているだけではありません。 コストを管理し、アメリカミズアブなどの代替飼料を模索し、収穫を計画的に行い、さらには「魚の燻製」などの加工で付加価値をつけてスーパーへ卸すことまで見据えています。Sacco(協同組合)を通じた低金利ローンのスキームなど、資金調達の仕組みも整いつつあります。マトゥングをケニア西部の「養殖のハブ」にするという彼らの野望は、決して夢物語ではありません。

スモークにする魚。普通に乾燥させたり、揚げるよりずっと美味しいと話していました。

ただ、現場のナマズ養殖場などを視察して率直に感じたのは、「養殖ができる農家は、比較的資金に余裕がある層だな」ということです。 初期投資も高く、安定した水源の確保も必須です。(ナマズの池では、水を飲みに来たミツバチが溺れて魚を刺すのを防ぐための工夫までされていました)。 貧困層がゼロから始めるというよりは、ある程度体力のある農家が、さらなる富を築くためのビジネス投資として取り組んでいる印象を受けました。

農家たちの研究結果を発表。飼料の種類や与える頻度を変数として、成長速度や成体の重さの観点から、最適な方法を研究していました。

ケーキに群がる子どもと、食事を残す大人

今日1日で、最も私の脳裏に焼き付いた強烈なシーンがあります。
それはイベント終盤、お祝いの「ケーキ」が登場した時のことです。

結婚式のように、代表者がケーキに入刀し、お互いに食べさせ合ってから参加者に配るという微笑ましい時間が流れました。しかし、そのケーキの余りが配られ始めると、近所から様子を見に来ていた子どもたちの目の色が変わりました。

私がお皿を子どもたちに渡した瞬間、2〜3人がそれを独占し、文字通り「クリームの一滴までこそぎ取るように」して食べ始めたのです。 「みんなでシェアしてね」と言った私の声など届きません。残り物を狙って集まり、いけると思った瞬間、バーゲンセールのように一気に群がる。手でむさぼり食い、その手を何度も舐め回す。 彼らのその必死すぎる姿に、ケニアの貧困のリアルな一面を突きつけられた気がしました。言い方は悪いですが、まるでハイエナのようでした。

そしてイベント終了後、今度は私たち行政関係者にウガリや揚げた魚などの食事が振る舞われました。ちょっと油がきつすぎて、夜に激しい胃もたれを起こしてしまったのですが……驚いたのは、周りの大人たちの食べ方です。

彼らは、先ほどのケーキの子どもたちとは打って変わって、食事を「いい感じに少し残す」のです。 配られたペットボトルの水や甘いソーダでさえ、飲み干さずに少し残して置いていきます。
食べ切らない。ガツガツしていないという、ある種の余裕を感じました。

クリームを一滴残らず舐め回す子どもたちの必死さと、ソーダを少し残して席を立つ大人たちの余裕。一つのイベントの中で見た、この「食と豊かさ」のあまりにも残酷なコントラストは、色々と考えさせられるものがありました。

朝10時から17時までの長丁場。 流石に心身ともに疲れ果てましたが、ケニアの熱量と現実をたっぷりと浴びた1日でした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました