何もしない日曜日と、完結するシンプルな生活
今日は、あらかじめ決まった予定が何一つない一日でした。
ベッドから起き上がり、読みたい漫画のページをゆっくりとめくる。 お腹が空いたらキッチンに立って自分の好きな味付けで料理を作り、身体を動かしたくなったら自重の筋トレで適度に筋肉を刺激する。 そして、眠たくなったらそのまま横になって眠る。
本当に、それだけの繰り返し。
生産性や効率性を求められる現代社会において、何の実績も生み出さないこのような一日は、一見すると無駄な時間の浪費に見えるかもしれません。
しかし「何もしない」という選択ができること。
それは十分に贅沢で、ありがたい休日の過ごし方だと感じます。
眠りの奥で見る悪夢と、過去の追体験
そんな穏やかな日中を過ごしている一方で、最近、自分の中で気になっている現象があります。
夜、眠りにつくと、頻繁に「悪夢」を見るようになったことです。
夢の内容は様々です。 乗っている飛行機が突如として墜落していく強烈な恐怖だったり、過去の人生の中で精神的に最も追い詰められていた時期の記憶を追体験させられたり。
目が覚めた瞬間、ずっしりとした重たい疲労感が残っていることがあります。
なぜ、これほどまでに悪夢が続くのか。
明確な原因は分かりません。
自覚している範囲では、日々の活動を楽しんでいるつもりですし、トラブルに直面してパニックになっているわけでもありません。
ただ、どれだけ現地に適応してきたつもりであっても、言葉の通じにくい異国の田舎で一人で生活し、断水や停電といった不安定なインフラに囲まれ、農家さんや同僚との人間関係を調整し続ける日常は、無意識のうちに多くの精神的エネルギーを消費しているのだと思います。
頭では「大丈夫だ」と思っていても、心の奥底や身体のセンサーは、微細なストレスの蓄積を敏感に察知して、夢という形でシグナルを出してくれているのかもしれません。
ストレスを否定せず、波に身を任せる
起き抜けの疲労感を感じるたびに、「自分は今、自分が思っている以上にストレスを溜め込んでいるのかもしれないな」と素直に認めるようにしています。
ストレスを感じている自分を否定したり、無理にポジティブな気合で押し殺そうとしたりする必要はありません。
大事なのは、アクセルを踏み続けるのではなく、自らの体と心の調子を正しく自覚して、時にはブレーキを優しく踏んであげること。
漫画を読み、料理をして、筋トレをして、また寝る。
今日はこの何気ないルーティンの中で、自分の身体と心をたっぷりと甘やかしてあげられた気がします。
無理に焦って前に進もうとせず、訪れたメンタルの波をそのまま受け入れながら。 明日からも、自分のコンディションと相談しつつ、できる範囲で日常を過ごしていきます。
