【ケニア派遣264日目】正論と同僚の指摘に沈む農家。自分が主人公ではないからこそ問われる「調整力」

ケニア派遣264日目。朝のオフィスでのスワヒリ語対応から語学の成長と課題を実感。不在期間中に同僚から利益計算や管理不足を厳しく指摘され落ち込むきのこ農家を前に、正論と感情の狭間を埋めるマネジメントの難しさを考察。熊本地震から1ヶ月を経て、絶対的な水備蓄の必要性と「お気に入りの器」がもたらす人間らしい生活実感を綴ります。

スワヒリ語のオフィス対応と、落ち込むきのこ農家

朝イチ、まずは配属先である農業事務所へ立ち寄りました。

最近は他のオフィサーが出払っており、オフィスに私一人しかいない時間帯も珍しくありません。
そんな時に限って、英語が全く通じない年配の農家さんが相談に訪れます。

今日もスワヒリ語を総動員して、なんとか用件を聞き取って対応を完了させました。

派遣から1年というマイルストーンが少しずつ見え始め、英語でのコミュニケーションは自然と口から出るようになってきました。スワヒリ語も最低限の会話ならこなせるようになってきた実感があります。ただ、専門的なやり取りや咄嗟のニュアンスを掴むには、まだまだボキャブラリーも流暢さも足りません。もっと語学を磨かなければと、気が引き締まる朝でした。

オフィスでの対応を終え、収穫のためにきのこ農家さんのもとへ足を運びました。

しかし、出迎えてくれた農家さんの表情は、目に見えて暗く沈んでいました。

理由を尋ねてみると、私が離れていたこの1週間半の間に、私の担当同僚オフィサーからかなり手厳しく指導され、すっかり落ち込んでしまっていたのだそうです。

正論の衝突と、「主人公ではない」私のマネジメント

同僚が指摘した内容は、多岐にわたっていました。

  • トレーナーへの定期的な進捗連絡を怠っていたこと
  • 散水や温度管理が少しルーズになっていたこと
  • 交通費などの輸送コストを計算せず、利益度外視で売上(数字)だけを見て遠方へ売り歩いていたことなど

正直なところ、同僚が指摘している言葉はどれも完全に正論です。シビアな現実ばかりでした。

ただ、農家さん側にも決して悪意があったわけではありません。彼らは彼らなりに、初めての経験の中で一生懸命に手を動かし、試行錯誤していたのです。その努力や熱意まで頭ごなしに否定されてしまったように感じ、モチベーションが完全に折れてしまったようでした。

私が不在にしていた期間の出来事とはいえ、上手にバトンタッチをして手離れを設計しきれていなかった点については、私自身のマネジメントの甘さだったと反省させられます。

ただ、このトラブルは、早かれ遅かれ必ず露呈していた課題でもあります。

農家さんが自走できていない原因は、やる気の有無ではなく、やるべき行動が「具体的なタスク」として日々のルーティンに落とし込めていない点にあります。

同僚の言う正論と、農家さんの感情。

このプロジェクトの主役は、外から来た私ではありません。

主役ではないからこそ、どちらか一方に肩入れするのではなく、双方の言い分を丁寧に拾い上げ、実行可能な仕組みへと着地させる調整役の腕前が試されています。

休息の午後と、戻ってきた水の安心感

午後は、同僚も今日は事務所周辺にいなかったので、無理をせず家で身体を休めることにしました。

月曜日のニャフルルからの長距離大移動、そして任地へ戻ってきてからの連日のフルタイム稼働。
休む間もなく動き続けていたため、自分が自覚している以上に疲労が蓄積しており、体調を崩しかける直前のサインが出ていたからです。

幸いなことに、今朝から夕方ごろまで水道から水が流れていました。

溜まっていたタンクにしっかりと水を汲み置き、貯水を満タンにできたことで、心の底からホッと安心することができました。
水が減っていく光景を眺め続ける生活は、精神衛生上本当によくありません。

熊本地震から1ヶ月。水備蓄とお気に入りの器

熊本で大きな地震が発生してから、早いもので1ヶ月が経過しました。
最近では関東地方でも地震が相次いでいるとニュースで耳にしました。

首都直下地震などの大規模災害が発生した場合、都市部では約3週間近くインフラが完全にストップすることが想定されています。

電気は止まっても数日なら工夫で凌げます。
しかし、「水」だけは、人間が生きていくための絶対的なライフラインです。

日本で暮らす方々へ、日頃の備えとして「水の備蓄」だけは絶対に確保しておいてほしいと、日々、断水と隣り合わせの生活を送る身として強く伝えたいです。

人間は、ただ生きているだけでも、想像以上に大量の水を使っています。

料理、トイレ、洗濯、手洗い。これら最低限の衛生を保つだけでも、1人あたり1日4〜5リットルはあっという間に消費してしまいます。水浴びやシャワーをするとなれば、さらに多くの水が必要です。

もちろん、非常時には紙皿などの使い捨て容器を活用して水を節約することも一つの知恵です。

ただ、精神的に追い詰められる過酷な時だからこそ、あえて「お気に入りのお皿や器」に温かい食べ物を装って口に運ぶ。そのひと手間がもたらす心の救いは、何物にも代えがたいものがあります。

自分の五感で味わい、手触りを感じる「生活の実感」。

それこそが、人間が尊厳を失わずに生きていくための、本当の必要最低限なのかもしれません。

兎にも角にも、水です。水だけは貯蓄しておくことを勧めます。