12時間の移動を「近い」と錯覚する麻痺
4日間のイースター休暇を終え、朝からナイロビを出発し、任地(マトゥング)に向けての大移動です。
4日間のうち2日は移動日に消えてしまいましたが、それでも来てよかった。とても濃密で充実した時間でした。一緒に行動し、語り合ってくれた同期隊員には感謝しかありません。
帰路は、行きに比べるとずっとスムーズでした。 行きは信じられない大渋滞で15時間もかかりましたが、帰りは12時間弱で到着。 普通に考えれば12時間のバス移動は地獄のように遠いはずなのですが、前回の15時間を経験しているせいか、なんだか近く感じてしまいました。 人間の適応力というか、距離感覚の麻痺って本当に恐ろしいです。
大都会ナイロビと、「田舎の戦い方」
ナイロビを訪れるたびに、この街が見せる「顔」が変わっているような気がします。あるいは、私がすっかり田舎っぺになっているからそう感じるのかもしれません。
任地では絶対に見られない、朝、皇居の周りを走っているかのような洗練された服装でランニングをしている都会の人々。
一方で任地と同じように、スワヒリ語で話しかければ喜んでくれるものの、会話の内容自体は驚くほど空っぽだったりする愛嬌。
どこまでもモノが多く、人も多く、建物も多い。何かに困ることはないけれど、情報量が多くてただそこにいるだけで疲れそうな、まさに「大都市」でした。お金はどんどん減っていきますが、お金さえあればいくらでも楽しめる街です。
移動中、特にマッシュルーム栽培について、そんな都会と田舎との「違い」と「共通点」について思考を巡らせていました。
田舎には、明確なデメリットがあります。
- 購買力のある市場(マーケット)へのアクセスの悪さ
- 種菌が手に入りにくいという物流の壁
しかし、都会にはない圧倒的なメリットも存在します。
- 土地が広く、コンポスト(堆肥)作りで多少匂いを発しても近所迷惑にならない
- 培地となる農業残渣や、屋根の材料などが手に入りやすい
- 気候的に、比較的湿度が高く保たれている
都会の真似をするのではなく、このメリットをどう最大限に活かし、デメリットをどう補うか。「田舎ならではの戦い方」を設計する必要があります。難題ですが、とても面白いビジネスパズルです。
バスの座席のコントラストと、水のない我が家
帰りのマタツ(乗合バス)の車内で、ふと隣を見ると、ケニアの縮図のような光景がありました。
私の左側に座っていた子どもたちは、とても綺麗な英語を流暢に話していました。一方、右側に座っていた子どもは、ペットボトルのファンタに「水」を混ぜて、薄めて飲んでいました。
教育と豊かさの格差が、バスの座席の右と左でくっきりと分かれている。
なんだか「ナイロビからの帰り道」を象徴するような、印象的な一コマでした。
夜、久しぶりに任地の家に帰宅。しかし、蛇口をひねっても水は出ません。 シャワーも浴びられないし、溜まった洗濯もできない。電気が止まるのも嫌ですが、やはり水が出ないのが生活において一番困ります。
つい数時間前までナイロビの快適な環境にいたせいか、この強烈な落差に思わずため息が出ました。でも不思議なことに、水が出なくて不便極まりないこの場所が、今の私には一番落ち着きます。
十分に英気を養い、インプットも完了しました。 明日からの活動も、この愛すべき任地で頑張ります。


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