ゴミ出しだけの休日と「魔の時期」
頭痛と腹痛はまだ少しだけ底の方に残っていますが、おおかた回復しました。
しかし、今日は大事をとって仕事を休み、「完全オフ」にすることを決めました。
とは言っても、私の職場は上司から毎日のタスクが降ってくるわけではありません。すべては自分の塩梅次第であり、自分がスケジュールを立てて動かない限り、ずっと休みみたいなものです。 この「圧倒的な裁量と自由」は、ありがたい反面、自分でブレーキをかけないといつまでも走り続けてしまうという危険性も孕んでいます。今回は体が強制ブレーキをかけてくれましたが、自律的に休むことの難しさを学んでいます。
今日はゴミ出しをするためだけにドアを開け、それ以外は一歩も外に出ずに家の中で過ごしました。 その甲斐あって、メンタルも身体もだいぶ復活してきた気がします。
最近、同期隊員たちと連絡を取っていても、「疲れている」「しんどい」という話をよく聞きます。 赴任から3ヶ月。アドレナリンで駆け抜けた初期の興奮が落ち着き、見えないストレスが身体に現れ始める「魔の時期」なのかもしれません。
絶望のデータ消失事件
引き篭もりの1日。体は休めつつも、手と頭は動かそうと思い、先日始めたPodcastの編集作業を進めていました。
しかし、ここで大事件が発生。
PCの不具合かソフトのエラーか、原因は分かりませんが、約8時間かけてコツコツと進めてきた編集データが、突如として「全て」吹き飛んだのです。 復元も不可能。1営業日分の努力が、文字通り電子の海へと消え去りました。

ケニアが鍛えた「1分間の切り替え」
日本にいた頃の私なら、間違いなく天を仰ぎ、机に突っ伏し、30分は絶望と怒りの淵を彷徨っていたでしょう。「なんでこまめに保存しなかったんだ」「ソフトが悪い」「PCが悪い」。あらゆるタラレバと文句が頭を駆け巡ったはずです。
しかし、データが消えた画面を見つめること、約1分。
私の心に浮かんだのは、驚くほど静かでドライな感情でした。
「まあ、やってしまったもんはしょうがないな」
自分でも引くくらいの早さで立ち直っていました。「落ち込むくらいなら、次やるべきこと、今できることを考える。」言葉にするのは簡単ですが、いざ絶望的な状況に直面した時にそれを実行するのは至難の業です。
でも、今の私にはそれが自然にできました。 なぜか。間違いなく「ケニアのこの環境」のおかげです。
- いつまでも人数が揃わず出発しないマタツ(乗合バス)
- 当然のようにやってこない業者
- 1日の半分を奪っていく突然の停電
ここでは、自分のコントロールが及ばない「理不尽」が日常茶飯事です。その度にいちいちキレて落ち込んでいたら、あっという間に心が壊れてしまいます。 「諦めること」と「切り替えること」。 このサバイバルスキルが、ケニア生活の3ヶ月間で信じられないほど高速化していました。
2.5倍速のリカバリーと、明日への準備
「よし、やるか」 すぐにPCに向かい直し、完全にゼロから編集をやり直しました。
一度頭の中で構成ができあがっていたことや、ソフトの操作に慣れたこともあり、2回目は4時間ほどで編集が終わりました。初回と比べて約2.5倍(前回は8時間で終わっていなかった)のスピードアップです。 時間を失った悔しさから、それを取り返すために効率化を求め、作業スピードが上がりました。まあ良しとしよう。
理不尽を受け入れ、1分で切り替え、手を動かす。 データは消えましたが、自分自身の「メンタルのタフさ」という強靭なOSがインストールされていることを確認できた、ある意味で非常に有意義な休日になりました。
明日からは、再び仕事現場に出ようと思います。 もちろん、まだ体調は万全ではないので、あくまで無理せず省エネで。 ポレポレの精神で、ケニアの理不尽を楽しみながら進んでいきます。


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