手洗い洗濯と「非電化洗濯機」の模索
朝から、溜まりに溜まった約1週間分の洗濯物を、手で一生懸命に洗って干しました。自分の分だけでも1時間弱の重労働。手つきが慣れているとはいえ、これを毎日家族全員分こなしている現地のママたちは、どれほどの重労働を強いられているのかと想像してしまいます。
ふと、電気を使わない手動の洗濯機(The Washing Machine Projectのようなオフグリッド向けのプロダクト)をこの地域に導入できたら、女性たちの可処分時間を劇的に増やせるのではないかと考えました。 まだまだ模索中ですが、生活の不便さの中には、常にソーシャルビジネスの種が転がっています。

栄枯盛衰のムミアス・シュガータウン
午前中は、近くにある「ムミアス製糖会社(Mumias Sugar Company:以下MSC)」の工場を見学したいと思い、アポなしで突撃してみました。大通りから逸れて真っ直ぐ20分ほど歩くと、巨大な工場のゲートが見えてきます。
驚いたのは、そこに行き着くまでの道のりです。 綺麗に舗装された道、サッカースタジアム、大型バスのブッキングオフィス、そして一つの校庭にサッカーコートが3面も縦に並ぶ学校……。 それはまるで、かつて栄華を極めた「城下町」の跡地でした。

かつて、この地域を支えていた超大企業MSC。1971年に設立され、最盛期にはケニア国内の砂糖生産量の約60%を単独で担い、地域住民約25万人の生計を支える東アフリカ最大の製糖工場でした。 電力の売電からエタノール、病院、そしてプロサッカーチームの運営まで、まさに街のすべてを牽引していたのです。
Mumias Sugar FCの光と影
スタジアムの壁には、消えがかった「Mumias Sugar FC」のロゴが残っていました。このクラブは単なる福利厚生ではなく、農家との連帯感を生む高度なマーケティング戦略として1977年に創設されました。国内カップ戦で優勝するほどの強豪でしたが、その歴史は壮絶です。
1999年のリーグ最終戦、得失点差で優勝を狙うMSCは「10-0」という不自然な大差で勝利。しかし後日、相手チームへの賄賂(八百長)が発覚し、タイトルを剥奪されました。そして2007年、親会社の経営難を理由に、水曜日の練習直後に突如「解散」が告げられ、選手たちは路頭に迷うことになります。 このスポーツクラブの不名誉なスキャンダルと容赦ない切り捨ては、そのまま親会社崩壊の予兆でもありました。
経営破綻と「搾取」のメカニズム
なぜ、国内シェア60%の優良企業がゴーストタウンのようになってしまったのか。調べれば調べるほど、その背景は闇が深いものでした。経営陣による不正な砂糖密輸や設備投資を隠れ蓑にした資金略奪。そして何より、農家への搾取です。
工場が種子や肥料を押し付け、収穫代金から法外な費用を天引きする「DRE(債務回収控除)」が常態化。農家が1年以上支払いを待たされた挙句、手渡されるのは代金ではなく「借金の請求書(マイナス残高)」だったといいます。 絶望した農家が一斉にサトウキビ栽培を放棄したことで、この巨大工場は2019年に完全に操業を停止しました。
(※現在、大統領の強力な介入により再稼働への複雑な動きがあるようですが、泥沼の法廷闘争が続いているようです。)
消えがかったロゴマークを見つめていると、企業ガバナンスの崩壊が地域コミュニティにどれほどの爪痕を残すのか、なんとも言えない切ない気持ちになりました。
Jリーグに賭ける警備員と、夜明けのサッカー
工場のゲートには6人ほどの警備員が立っており、警備は非常に厳重でした。見学の交渉をしましたが、「公式なレターとアポイントメントが必要だ」と追い返されてしまいました。仕方ありません、改めて正規の手順で出直すことにします。
帰り道、スタジアム跡地にいた別の警備員と話しかけてみると、面白いことがありました。
「お前、日本人か?」と一発目で見抜かれたのです。理由を聞くと、この工場の見学に、日本人がよく訪れるのだとか。「アポさえ取ればちゃんと入れるよ」と教えてくれました。
さらに彼は、日本の「Jリーグ」の話をしてきました。 「FC東京」や「京都サンガ」など、妙に解像度が高い。理由を聞くと、彼らはスポーツベッティング(賭け事)でJリーグの勝敗にお金を賭けているそうです。試合を観ているわけではなく、ただ都市名とオッズだけを見ている。ケニアのギャンブル文化の浸透具合と、こんな田舎町まで届くJリーグの名前になんだか笑ってしまいました。
彼からのもう一つの大きな収穫は、「このスタジアム跡地で、毎日朝6時頃からサッカーの練習をしている奴らがいる」という情報です。日中は暑すぎるため、日が昇る前にトレーニングをしているとのこと。 この場所を含め数箇所、武器であるサッカーを活かせる拠点の目星がつきました。来週から、夜明けのグラウンド周辺をフラフラと偵察してみようと思います。

3ヶ月目の現在地。発散から収束へ
事務所に少し顔を出した後、家に戻ってブログ執筆や報告書の作成、アポ取りなどのPC作業を進めました。
早いもので、ケニアに来てからまもなく3ヶ月が経とうとしています。 JICA事務所に提出する1回目の報告書(約3,000文字)を書きながら、これまでの活動を振り返ってみました。
毎日色々な場所へ行き、人に会い、話を聞いていますが、文章にまとめてみると「自分はまだまだケニアや配属先地域の『解像度』が低いな」と痛感させられます。
次の大きなマイルストーンは、赴任半年(あと3ヶ月後)のタイミングで行われる「活動計画策定」と、農業事務所・JICAとの3者合意です。 コミュニケーションは順調に取れているので不安はありませんが、ここからの3ヶ月は非常に重要になります。
これまでの3ヶ月で広げてきた、マッシュルーム、フライドウガリ、フルーツレザーといった「発散段階のアイデア」を、一つひとつ具体的なアクションへと落とし込んでいく。
焦らず、でも着実に。次の四半期へ向けて、決意を新たにしました。



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