「休む」という勇気
昨夜からお腹の調子が最悪です。 夜中に何度トイレに駆け込んだことか。
いつ爆発するか分からない爆弾を抱えているような状態で、活動どころではありません。
今日は一日、自宅安静にすることを決めました。
「休む」という選択ができた自分を、今日は褒めたいと思います。正直、今までの私だったら無理をして現場に行っていたでしょう。体育会系の部活や日本の社会で、「休まないこと」「無理をすること」がなんとなく美徳とされる空気を吸って生きてきたからです。
でも、ここはケニア。「人に頼る」「休む」「無理しない」。 この国の人たちにとっては当たり前の生存戦略です。ここ2週間ほど万全ではない体調が続いていました。異国の地で走り続けるには、体が救難信号を上げたら素直に立ち止まる。「止まること」もまた、重要な仕事なのだと腹落ちしました。
「何もしない」を頑張る
今日は、できる限り「何もしないこと」に徹しました。
多少、資材を事務所に運んだり、日本の確定申告を済ませたりはしてしまいましたが、普段に比べれば「無」の1日と言っていいでしょう。
映画を見て、本を読み、podcastを聞く。
久しぶりに、ただインプットだけに浸る贅沢な時間でした。
教養を身につけるためには「本・人・旅(ライフネット生命創業者 出口治明さんの言葉)」が大事だと言われます。 協力隊としてケニアにいる今、「旅」と「人」の要素は、ただ生きているだけで過剰なほど摂取できています。一方で不足していたのが「本(創作物)」からのインプットでした。
現実と創作を行き来することで、思考の幅は広がり、深さは増していく。 疲労で夜は寝落ちし、週末も活動や作業に追われていた最近の私には、この「深める時間」が圧倒的に足りていませんでした。
役に立たない「ノイズ」を愛する
文筆家・三宅香帆さんが著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で指摘したように、労働に全身全霊を捧げていると、人は本(特にノイズを含む人文書や小説)を読めなくなります。
その点、ケニアは皮肉にも読書に最適な環境かもしれません。 頻繁な停電でWi-Fiが飛び、強制的にデジタルデトックスさせられる夜。 日本のように「生産性」や「効率」に追われすぎない、ポレポレな時間の流れ。
ノイズ、無駄、非効率。 「役に立たないこと」上等です。 そういう一見無駄なものの中にこそ、人生の価値は宿り、ユニークさが生まれ、心の余裕が育まれるのだと思います。
ただ今日を「生き延びる(Survive)」ためだけに使うのではない。
今日という日を、人間として「生きる(Live)」ために。 (参考:穂村弘さん『はじめての短歌』)
腹痛という強制停止のおかげで、大切な余白を取り戻せた気がします。


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