【ケニア派遣69日目】「失敗しても誰も死なない」。70%の体調で知った幸福の基準と、ボスの語るキリスト教

JICA海外協力隊
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「誰も死なない」という最強の免罪符

昨夜から体調が優れません。ここ2週間ほど、常に70%くらいの出力しか出せない感覚が続いています。 派遣3ヶ月目の慣れからくる疲労感か、乾季から雨季への季節の変わり目か。原因を挙げればキリがありませんが、とにかく無理は禁物です。

そんな中、事務所で同僚に言われた言葉が、今の私には全てでした。

「安心しろ。もしイチゴがうまくいかなくても、誰も死なない(Nobody dies)。気楽にな」

ハッとしました。「真面目すぎるよ」と笑う彼ら。 確かにそうです。
大抵のことは失敗しても、誰も死なない。 そんな価値基準で仕事や生活を考えたことがありませんでした。

彼らにとって、生きていること、それ自体が幸福の合格ライン。 それ以上の成功や成果は、全部「プラスアルファ」のおまけみたいなものなのかもしれません。 私の追い求めていた幸せの基準は、あまりに高すぎたのかもしれないと、肩の荷が降りる音がしました。

流石に環境が良くないので、死にかけている苗もありますが、息を吹き返した株も。若く明るい青を見ると何だか元気でます。

待たされた午後と、ボスの宗教論

今日行う予定だったイチゴの植え付けは、またも延期になりました。
理由は「同僚の子どもが咳を出して病院に行くから」。

「病院が終わったらオフィスに行くから待ってて」と言われ、どこにも行けずに待ち続けましたが、結局彼女は現れませんでした。 納得はいきませんが(笑)、子どもの健康が第一なのは当たり前。 「誰も死なない」精神で、明日やればいいやと割り切ります。

その待ち時間、ボスとキリスト教について深く語り合いました。 彼女の世界観は明快です。 「光と闇、太陽、水、生き物。全ての始まりは神。無から有が生まれるなんて、神の仕業以外にあり得ないじゃない」

興味深かったのは、彼女の両親がアフリカの独自宗教を信仰していたにも関わらず、彼女自身は「理性による比較検討」の末にキリスト教を選んだという点です。

人は見たいものを見る

彼女はこんなエピソードを話してくれました。 「病気で歩けなかった子どもが、祈りの後に歩けるようになり、父親が泣いているのを見たことがある」

正直、私の感覚では「祈りが原因」だとは信じられません。
でも、彼女にとってそれは目の前で起きた「事実」であり「奇跡」なのです。

「人は見たいものを見る」 奇跡を信じる彼女も、それを科学的に疑う私も、結局は自分のフィルターを通して世界を見ているに過ぎません。その事実に優劣はないのだと感じました。

政治的無関心と信仰の正体

この宗教の話は、以前した「政治」の話とも通底しています。

「なぜ日本人は政治に関心がない人が多いのか?」 その問いに対する彼らの答えはシンプルでした。 「それは彼らが豊かだからだよ」

確かに、物価高などの不満はあれど、日本では政治が変わっても「明日死ぬ」ことは稀です。 しかし、ケニアでは政治の失敗がそのまま「死」に直結する層がたくさんいる。 だから必死になるし、すがるもの(信仰や政治的リーダー)を求める。

「豊かさ」は「無関心」を生む土壌なのかもしれません。 満たされているからこそ、神にも政治にも頼る必要がない。 それが幸福なのか、不幸なのかは分かりませんが。

ただ生きるだけで、歴史を変えている

昨日、週刊少年ジャンプで完結した『逃げ上手の若君』の最終話に、こんな言葉がありました。

「ただ生きる・・・歴史は勝者だけのものではない。全ての人間がただ生きるだけで、人類の未来を変えているのだ」

今の私に、この言葉が深く刺さります。何かを成し遂げなくても、プロジェクトを成功させなくても。今、私がケニアの片隅で「ただ生きている」こと。それだけでも、誰かの人生に影響を与え、微かでも歴史を変えている。(もちろん最大限、プロジェクト成功のために、頑張りますが。)

これ以上の頑張りは、プラスアルファでいい。
70%の体調でも、ここに存在している自分を肯定してあげようと思います。

すごくカエルのことを恐れている同僚たち。かわいいねという私の反応を不気味がっていました。

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