【ケニア派遣60日目】ビッグデータはここにはない。「n=1」の重みと、靴を磨く休日

JICA海外協力隊
JICA海外協力隊Kakamegaケニア派遣

靴を磨く休日と、足元の品格

今日は「外に出ないで休む」と決めました。 でも、性分なのかじっとしていられず、朝から自炊、洗濯、散髪、部屋の内装、そして靴磨きまでやってしまいました。

家にいないとできないことなので、これはこれで良い時間です。 特に靴掃除は、今の私にとって重要な儀式です。

ここケニアでは、日本以上に「足元」が見られます。 街には靴磨き屋がたくさんいて、泥だらけの道を歩く人々も靴だけはピカピカに磨いていたりする。 「品格は足元から」という父親の教えもあり、畑仕事で汚れることはあっても、できる限り綺麗な靴を保ちたい。 靴を磨くことは、この地で暮らす自分自身の心を磨くことにも繋がっている気がします。

断水が教える「1」の重み

10時ごろ一息ついたと思ったら、蛇口を捻っても水が出てこない。
そこからはずっと断水です。 昼以降は貴重なボトルの水を使って、慎重に洗い物や料理をします。

大切に、大切に水を使っていると、自分が普段1日にどれだけの水を使っているのか、そしてどれだけ無駄にしているのかが痛いほど分かります。 水がないと、何もできない。 数字で「◯リットル」と見るのと、手元のボトルから注ぐ「1リットル」では、重みが全く違うのです。

統計(マクロ)を捨てて、「n=1」の立体的な現実へ

今日で派遣から60日が経過しました。活動期間の12分の1が終了。 体感としては長かったし、きついことも多かった。でも、今こうして断水の中で文章を書いている自分は、間違いなく良い時間を過ごしています。

ここで仕事をしていて痛感するのは、「n=1(たった一つの事象)」の大切さです。

世界には「何%の人が水にアクセスできない」「何割の子供が学校に行けない」といった統計データがあふれています。 前職での私は、そうした数字と向き合い、ネットのデータを盲信して善悪を判断していました。

しかし、現場には数字には表れない「立体的な現実」があります。

ニュースを見れば、ナイロビ北部のイシオロ郡では深刻な干ばつで学校が閉鎖され、子供たちが水汲みに追われているといいます。 しかし、ここカカメガのマトゥングではどうでしょう。 最近は連日のように夕方になると土砂降りの雨が降り、フルーツ農家にとっては「降りすぎ」による腐敗が懸念されています。もちろん、野菜農家にとっては恵みの雨ですが。

同じ「ケニアの雨」という話題でも、場所が違えば、立場が違えば、抱える課題は180度異なります。 「ケニアでは〜だ」と主語を大きくして語ることに意味はない。 その人にとってはどうなのか。目の前の「n=1」を見ないと、何も始まらない。

マクロな視点は解決策を探る上で不可欠ですが、今の私は振り子のように、ミクロな「個」の現実に深く潜る必要があると感じています。

「無駄話」こそが、この地のビッグデータ

では、どうやってその「立体的な個」と向き合うのか。
その鍵は、当初私が非効率だと感じていた「無駄話」にあるように思います。

こちらの人は、とにかく人との繋がりに時間を使います。挨拶は長いし、仕事に関係のない話が延々と続く。しかし、これが彼らにとってのセーフティネットであり、唯一の情報インフラなのです。

ここにはGoogle検索で出てくるようなビッグデータはありません。
「誰が何を知っているか」「どこに何があるか」
情報はネットではなく、人の頭の中に分散して保存されています。

「彼がこれをやっているよ」「彼なら知っているかも」
無駄話に見える時間は、実はこの分散型データベースにアクセスするための「検索クエリ」であり、ネットワークを維持するための「サーバーメンテナンス」なのです。 人と向き合い、泥臭く対話を重ねること。それだけが、この地で「個」の真実に触れる唯一の方法なのだと、ようやく理解できました。

「自分の正しさ」というバイアスを外す

「個と向き合うこと」の重要性と手段は少しづつ理解しつつあります。
しかし、いざ実践するのは容易ではありません。
なぜなら、私の中に「こうあるべき」という強烈な「正しさ」があるからです。

効率的であるべき、約束は守るべき、説明は論理的であるべき。
その「正しさ」という色眼鏡をかけている限り、目の前の相手を「間違っている」と断じてしまいます。そしてその「正しさ」が私にのしかかり、イライラが募ります。
それでは、相手の立体的な現実など見えてきません。ただ苦しいだけです。

禅宗道元の言葉を思い出します。

「悪をつくりながら悪にあらずとおもひ、悪の報あるべからずと邪思惟するによりて、悪報の、感得せざるにはあらず…」 (悪いことをしながら自分は悪くないと思い込み、報いはないだろうと邪な考えを持つこと自体が、すでに悪い報いを招いている)

自分が「正しい」と思い込む心こそが、異文化理解を阻む「悪思惟(邪な考え)」なのかもしれません。

異文化理解とは、相手を変えることでも、相手の文化を無条件に肯定することでもない。
「自分の正しさと向き合い、そのバイアスを自覚し、一人の人間として相手の正しさを理解しようとするプロセス」のことなのでしょう。

人と人。数字ではない、そこに全てがある。
テキストに起こしてしまえば当たり前のことですが、身体感覚を伴って感じると、その難しさと重要性が骨身に沁みます。

「まだまだ私たちの旅は始まったばかり。まずは体調を最善に週明け会おう」 カウンターパート(CP)の言葉がありがたい。頭はまだ痛いので、思考の旅はこの辺にして、ゆっくり寝ます。

参考:

任地を知り尽くした青年海外協力隊でもソーシャルビジネスは難しい!?現場で必要な視点とスキル3選!~アフリカ事業開発のイロハ Vol.4~|横山(凡)@ AXCEL AFRICA
「帰国後は、青年海外協力隊(JICA海外協力隊)の経験を活かして起業したい」「現地の課題を解決するビジネスに携わりたい」 そんな熱い志を持つ協力隊員は多いですし、私自身、帰国後のビジネスマッチングの場でそうした方々に多く出会います。 もちろ...
アフリカの市場調査をする際に、AIを信用しすぎてはいけない4つの理由!〜アフリカ事業開発のいろは Vol.1〜|横山(凡)@ AXCEL AFRICA
今やアフリカにおける新規事業の初期検討において、ChatGPTやGeminiなどの生成AIは非常に強力なツールです。 「ケニアの市場規模は?」「ナイジェリアの競合は?」と問いかければ、数秒で論理的な回答が返ってきます。 私自身も様々な場面で...

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