「行きたくない」という微細なストレス
今日から再び仕事です。足取りは少し、いや、だいぶ重い。
「事務所に行きたくない」
ふと、そんな言葉が頭をよぎりました。別に同僚にいじめられているわけでも、嫌な仕事があるわけでもありません。けれど、小さな、しかし無数のストレスが澱(おり)のように積み重なっているのを感じます。 言語化できない違和感や負荷。それが異文化で暮らすということなのかもしれません。

ミーティングと支援のリアル
午前中は全体ミーティング。 アジェンダをしっかり共有し、一つ一つ話し合っていきます。時間は1時間きっかり。意外と(?)システマチックです。
そして、ケニアならではの光景が「お祈り」です。 会議の締めくくりにはお祈りがあります。 「明日はトム(私の愛称)にやってもらうからね」 なんて冗談を言われましたが、宗教が生活の一部、仕事の一部として溶け込んでいることを実感します。会議後の雑談では、特定の部族の迷信や「魔術(Witchcraft)」の話まで飛び出し、文化の濃さを浴びました。
支援のジレンマ:「誰が弱者か?」
会議の内容は非常に具体的で、現地の課題が浮き彫りになるものでした。
主な議題は、政府の肥料配布プログラムと、脆弱な人々(Vulnerable)への支援について。
1. 肥料のラストワンマイル 政府肝入りの肥料配布ですが、現場は混乱しています。オンライン登録システムに不具合があったり、そもそも登録に必要なデータ通信量(ギガ)を誰が負担するのかで揉めたり。 「登録なしで配布を周知すると、対象外の人が押し寄せて収拾がつかなくなる」という懸念も。物流のラストワンマイルはここでも課題です。
2. 「未亡人でも裕福な人はいる」 特に議論が白熱したのは、支援対象の選定でした。 「未亡人(Widow)」や「孤児」を対象にする案に対し、「未亡人であっても裕福な場合はある。カテゴリーではなく実態を精査(Scrutinize)すべきだ」という意見が出ました。 さらに、「肥料や種を配布しても、貧困ゆえにそれ自体を売って現金化してしまうリスクがある」という指摘も。 その対策として、「維持管理が容易で、売るよりも育てた方が利益になる『バナナの苗』を配ってはどうか」という案が出るなど、支援の難しさとリアリティを突きつけられました。
私のイチゴ・プロジェクト:増殖から生産へ
その他の案件として、私のイチゴ栽培プロジェクトについても話し合われました。 「みんなで頑張ろう」という精神論だけでなく、かなり具体的な戦略に落とし込むことができました。「今週中に水へのアクセスがある3つの農家を特定して回ろう」 と具体的なアクションが決まり、重かった足取りが少し軽くなりました。
マットレス狂想曲と、家具の図面発注
「昨日、床で寝たんだよね」 雑談で話すと、同僚たちは「正気か!?」と目を丸くしました。 「今すぐマットレスを買いに行きなさい」と、午後は早退させてくれることに。
バスに乗って隣街のムミアスへ。スーパーでマットレスを購入しましたが、ここからが大変。 巨大なスポンジの塊を抱え、必死の思いでバスステーションまで運び、なんとか連れて帰ってきました。

「分かった!」は信じない
その足で、近くのカーペンター(木工所)へ家具を注文に行きました。 口頭で要望を伝えると、彼らは威勢よく「分かった!任せろ!」と言います。 しかし、ここまでの経験上、絶対に分かっていないし、覚えていません。
私はノートを取り出し、家具の絵と正確な寸法を描き込みました。 そして、その場にいたエンジニア(設計担当らしき人)と一緒に指差し確認をしてから注文。 デポジット(前金)を払い、材木を買ってくるところからスタートです。
このエンジニアの彼だけは、明らかに教育を受けてきたであろう綺麗な英語を話していました。 「彼なら信頼できそうだ」 直感がそう告げています。クオリティ高く仕上がることを祈るばかりです。

同期の疲労と、教育の「点と点」
夜は同期隊員3人とオンラインで通話。 画面越しの顔には、皆それぞれの疲れが滲んでいました。 家具も揃わず、気が休まる場所もない。新しい環境、新しい人間関係。 何かをしてもしなくても、ただそこにいるだけで消耗する。今はそういう「耐える」時期なのだと思います。
話題は、現地の人々の「能力」や「仕事観」へ。日本人の感覚からすると「なぜこれができないの?」「なぜこう考えないの?」と感じてしまう場面が多々あります。 しかし、それは個人の能力というより、背景にある「教育システム」の違いが大きいのではないか、という話になりました。
【考察】ケニアの教育背景 ケニアでは長年「8-4-4制」という教育システムが採用されてきましたが、これは詰め込み型の暗記教育(Rote Learning)偏重であると批判されてきました。 「言われたことを覚える」ことは得意でも、「自ら課題を発見し、解決策を考える」というトレーニングを受ける機会が少なかった世代が、現在の労働の中核を担っています。 (現在は創造性や思考力を重視するCBC:Competency Based Curriculumへの移行が進んでいますが、現場の混乱も続いています)
全く別の任地で活動する3人ですが、それぞれの経験(点)が繋がり、背景にある構造が見えてくる感覚がありました。「能力が低い」と嘆くのではなく、その背景を理解した上でどうアプローチするか。 それが私たちの仕事なのだと思います。
来週の通話でまた良い報告ができるように。
重い足取りでも、一歩ずつ動いていきます。



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