ボスの「おはようございます」と、プロジェクト始動
ボスの「おはようございます」という日本語から、1日は始まります。
かつて旅行で日本に行ったことのある彼女は、丁寧にお辞儀をしながら挨拶をしてくれます。その姿を見るたび、とても素敵な方だなと心が温まります。
午前中、ボスと同僚と私の3人で、今後のプロジェクトについて膝を突き合わせて話し合いました。 テーマは「こちらができること」と「君がやりたいこと」のすり合わせ。
私の意向を伝えた結果、「イチゴのトライアルプロジェクト」をやってみようということに決まりました。(ちなみに推していたプロジェクトなわけではない…)
まずは農家3軒と一緒に、小規模からスタートします。

「任せた」という重み
ボスからは、仕入れから販売までを一任されました。
農家の選定や訪問、交渉のサポートはしてくれるそうですが、実際の生産管理や販路開拓は私の責任です。
規模感・スケジュールなど、概算の概算ですが、一旦計画を作成しました。 知識としては多少勉強していましたが、いざ自分一人で全てのサイクルを回すとなると、ハードルはグッと上がります。 「やってみな」 という信頼に応えたい。もちろん、マーケティング戦略も含めて泥臭く考える必要があります。不安や緊張感はありますが、ワクワクの方が今は大きいです。
コンサルタントから「事業家」へ
同僚と2月のスケジュールを組み、アクション内容をすり合わせましたが、やはり、やることが多く全然時間が足りません。 ただ、ここで一番大事なのは「全部一人でやらないこと」です。
一人で動けば、確かに初速のスピード感はあるかもしれない。でも、それでは意味がない。これは私の事業ではなく、彼らの事業だからです。いかに彼らを巻き込み、自律的に動いてもらうか。それが国際協力ボランティアという立場で重要なことです
また、「コンサルタント」として外から提案していた前職とは違い、今度は「事業家」の当事者として責任を持って進める必要があります。このマインドセットの切り替えこそ、協力隊活動で身につけたい一番の力です。精一杯頑張ります。
【メモ】ボスの金言 「とにかくたくさん、アイデアを書き残していってほしい。2年後に君がいなくなった後も残るように。全部実践できなくても、それが後の誰かのアイデアになるから」 妄想好きな私にとってアイデア出しは得意分野。問題はそれをどう実行し切るか。猛勉強の日々が始まります。
オフィスの喧嘩と、結婚観
定時後、ワード(地区)担当の男性オフィサーが来て、オフィスで激論が交わされました。 もはや喧嘩なんじゃないかと思うほどの剣幕に少し焦りましたが、どうやら単に意見が違っただけ。感情を表に出しやすいケニア人ならではのコミュニケーションのようです。
内容は「男は結婚したら、たくさん働いて家族を養って、大変になるだけだ」という悲痛な叫び。 どこの国でも、男たちの悩みは尽きないようです。

「君はSelfish(自己中心的)だ」
帰宅後、ゲストハウスの管理人2人と初めて膝を割って話しました。
そこで言われた言葉に、衝撃を受けました。
「君はSelfish(自己中心的)な人だと思っていた」
結構ショックでした。 毎日笑顔で挨拶しているし、礼儀正しく振る舞っていた”つもり”でした。
でも、彼女たちにとっては「挨拶だけ」では足りなかったのです。
「会話まで含めるのが挨拶。自分が何者で、何をしに来たのかを開示してくれないと」
なるほど。これがここの距離感なのか。 日本的な「礼儀正しい距離感」は、ここでは「冷たい壁」として映っていたようです。 自分で思う「普通」は、ここでは普通ではない。異文化の洗礼を、改めて浴びました。

生きていた母と、命のコスト
ショックを一息つこうと、お腹を空かせて街を歩いていると、先日水汲みをしていたあの女性に再会しました。 そう、先週日曜日に「お母さんが亡くなったかもしれない」と嘆いていた彼女です。
「生きてた!」
本当に良かった。 どうやら高血圧で倒れたらしく、あの時の泣き叫びようから最悪の事態を覚悟していましたが、一命を取り留めたそうです。 お母さんご本人にも再会して挨拶できました。元気そうで、肩の荷が降りました。
そのまま彼女の家に招かれ、ウガリの作り方を教えてもらい、夕食をご馳走になりました。 電気もなく、スマホもない家。 けれど、子供たちはマラリアの予防薬を飲んでいました。
【メモ】貧困と優先順位 マラリア予防薬は、現地の生活水準からすると決して安くはありません。 家にライトがなくても、スマホがなくても、子供の命を守る薬にはしっかりお金を使う。 「命の大切さ」の優先順位が、生活の端々に現れている気がしました。
教えてもらいながら自分で作ったウガリは、今までで一番美味しかったです。



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