【ケニア派遣45日目】警備員の夢と、4Kクラブ。任地マトゥングで触れた「生と死」の距離感。

JICA海外協力隊
JICA海外協力隊Kakamegaケニア派遣

誰も来ない朝と、警備員の熱意

朝、事務所へ向かうも、やはり誰も来ていません。
手持ち無沙汰にしていると、警備員の結構えらめ(自分の部屋がある)方が話しかけてくれました。

「日本に行きたいんだ」 よくある言葉ですが、理由を聞くと、「日本の警備システムを見て、ケニアと比べてみたいから」とのこと。なぜ日本はこんなにも平和なのか、その理由を知りたいという純粋な好奇心と、仕事への熱意に胸を打たれました。 一瞬、「またお金の要求か?」と身構えてしまった自分が恥ずかしくなりました。ごめんなさい。

結局、人が来たのは10時頃。「8時始業」とは名ばかりで、「9時半〜10時くらいに来ればいいよ」と言われる始末。この適当さ(ポレポレさ)にも、少しずつ慣れていくしかなさそうです。

活動の種まきと、4Kクラブ

今日は同僚の方に自分のやりたいことを伝えました。 「こういう作物を作って、売るところまで一緒にやりたい」。 スタッフは「いいね。」と賛同してくれましたが、問題はやはり移動手段です。広大なエリアにいる農家をどう回るか、これは引き続きの課題です。

また、「4Kクラブ」への普及活動を提案されました。 これは単なる学校のクラブ活動ではありません。 「Kuungana(共に)」「Kufanya(行う)」「Kusaidia(助ける)」「Kenya(ケニア)」。 この4つのスワヒリ語の頭文字をとった国家的なプログラムです。

調べてみると、その歴史は古く1962年に創設されましたが、一時期は衰退していました。しかし2021年、若者の農業離れを食い止め、食料安全保障を強化するために、当時の大統領によって大々的に再始動されたそうです。 かつて農業は学校での「罰則」としてやらされるものでしたが、このクラブでは「To learn by doing(実践から学ぶ)」をモットーに、農業をビジネスや科学として捉え直し、子供たちに「かっこいいもの(Agri-cool)」として伝えていくことを目指しています。

子供たちが学校で最新の農業技術を学び、それを家に持ち帰って親に教える。 「子供」という最強のインフルエンサーを起点に、地域全体の農業を変えていく。意外にも、これは非常に理にかなった、インパクトのある取り組みだと感じました。

死と隣り合わせの「日常」

事務所には今日一人しか来ず、その人も12時には帰ってしまったので、私も帰路へ。 昼食をとっていると、街が騒がしくなりました。楽しそうにクラクションを鳴らし、高い声を上げてパレードする人々。

「何があったの?」と聞くと、返ってきた答えは衝撃的でした。 「安心しろ。人が死んだんだ(病気らしい)」

人が亡くなったのに、なぜあんなに楽しそうなのか。「安心しろ」とはどういう意味なのか。 文化の違いなのか、私の理解が追いつかないのか。ただ、「死」というものが、日本よりもはるかに日常の近くにあることへの恐怖と、言いようのない違和感を感じました。

逆ナンと、土壁の中のダンス

食後の散歩中、現地の女性に「逆ナン」され(笑)、家に招かれました。 料理を教えてくれましたが、私が英語で話そうとしても、「私の英語は汚いから」と頑なにスワヒリ語で返されます。

薄暗い土壁の家の中で、彼女はその部屋を照らすようにずっと笑顔で踊っていました。ルヤ族の音楽に合わせて。 そのリズムにはまだ馴染めませんでしたが、暗い部屋の中で陽気に生きる彼女の姿は、強烈に印象に残りました。

「毒」を売るマーケットと、ぼったくりとの攻防

午後は、隣町のムミアスへ。中規模スーパーもある、比較的栄えた街です。 スーパーには輸入リンゴが並んでいましたが、マーケットにはトマトと小魚ばかり。トマトが溢れすぎていて、これでは価格競争でジリ貧になるのは目に見えています。差別化の必要性を痛感しました。

そんな中、道端に並ぶ怪しげな「赤い液体」を発見。 「これは何?」と聞くと、「毒だ(蟲殺しだ)」と、袋に入った虫で実演してくれました(笑)。面白い。原料は何なのか、今度聞いてみようと思います。

帰りのバスでは、またしてもぼったくられそうになりましたが、「違うよね?」と指摘すると、「なんだ中国人、値段知ってるのか」とスワヒリ語で返されました。 すかさずスワヒリ語で「知ってるよ!」と言い返すと、「スワヒリ語も話せるのか!」と笑われる。 ぼったくろうとはしてくるけれど、どこか憎めない、真っ直ぐで可愛い人だなと思いました。

挨拶と、ノイズと、生活と

街を歩けば、「ムズング(外国人)!」「チンチョン!」と声をかけられます。 一方で、普通に挨拶してくれる人もいる。 あまりに多くの人に声をかけられるので、電話で「ハロー」と言っている人の声にまで反応してしまうほどです(ケニア人の電話の声、デカすぎます笑)。

情報量が多く、ノイズも多い。
でも、そのカオスの中に身を置くことで、少しずつこの土地の「生活」に馴染んでいっている気がします。

3月までは仕事がほとんどないと言われました。
この4日間も、挨拶くらいしかできておらず、正直焦る気持ちはあります。
焦りすぎず、でも2年しかない時間で活動をやりきるために、たくさん動きます。

ケニアにはこんな感じで、外国から送られてきた山積みの服や靴がたくさんあります。逆にこういう大量の低価格品が、国内産業の衰退に繋がることもあるという側面もあります。

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