【ケニア派遣41日目】7ヶ月の旅路の果てに。ナイロビの渋滞と、失われゆく文化と、僕らのスタートライン。

JICA海外協力隊
JICA海外協力隊ケニア派遣ナイロビ研修

境界線の上で、踊る

ナイロビ最終日。
今日はJICA事務所で、最後の研修とオリエンテーションを受けました。 セキュリティグッズの支給、ケニアの文化講義、そしてナショナルスタッフ(ケニア人スタッフ)に向けた自己紹介。

そこで語られた「文化」の話は、心に残りました。
例えば、宗教や慣習。どこまで入り込み、どこで線を引くか。異文化理解とは、相手の懐に飛び込む勇気と、自分を見失わないための冷静な境界線を引く技術の、絶妙なバランス感覚のことなのかもしれません。誰を信頼し、どこまで心を許し、どこまで同じ目線に立つのか。
国境を越えて仕事をする私たちにとって、それは最低限にして最強のマストスキルなのだと思います。

失われゆく「味」と、都市の宿命

「文化は、ゆっくりと、しかし確実に失われている」

都市化が進み、様々な民族が混じり合う中で、伝統的な取り組みや知恵が伝承されなくなっていく。かつて当たり前だった伝統野菜を使った料理も、今や消えつつあるそうです。 そういえば、同期隊員が以前ケニアに来た時、消えゆくレシピをアーカイブ化する活動をしていたと話していました。

発展と引き換えに、固有の色が薄れていく。それは日本でも起きていることと同じです。
都市化という巨大なうねりがもたらす、逃れられない宿命なのかもしれません。

7ヶ月という「助走」を終えて

ナイロビに来てから40日。
熊本でのグローカル訓練から数えれば、約7ヶ月。 季節が三つ巡るほどの長い長い研修期間が、今日で終わります。

実は、60周年イベントの影響で早く呼ばれたため、今回のナイロビ滞在は通常より10日間長いスケジュールでした。その分、任地での活動期間が10日間短くなるということです。

最初は「活動期間が短くなる」と焦りもありましたが、今振り返れば、それは神様がくれたギフトだったのかもしれません。ナイヴァシャのバラ、コーヒー農園の情熱、大学での現実、マサイマラの星空。 通常なら見ることのできない景色を見て、多くの人と出会い、ナイロビの豊かさを満喫できたことは、間違いなく私の糧になりました。

特にケニアでは、自分ではどうにもできない「定数」があります。
活動期間の縮小や、ケニアの交通渋滞、他人の感情などはその最たるものでしょう。
それに対してストレスを感じるのは、もうやめました。

大切なのは、その変えられない「定数」という枠の中で、いかに自分自身の行動や感じ方という「変数」を最大化し、楽しむか。
10日間という定数は変えられなくても、その中身をどう彩るかは自分次第です。
きっとこれは2年間の活動の中でもきっと大切になってくる考えだと思います。

渋滞に見る、ホモ・サピエンスの肖像

この40日間でみたナイロビは、とても面白い街でした。
便利な反面、殺人的な交通渋滞には閉口します。「そんなに割り込まず、車線変更しなければ、全体最適で早く進むのに」と、日本人的な感覚で考えてしまいます。 でも、それは日本人がエスカレーターの片側を空ける習慣を頑なに守るのと、本質的には変わらないのかもしれません。

文化や具体的な事象は違えど、抽象化してみれば、そこにあるのは「ホモ・サピエンス」としての変わらない行動様式や構造。こんなに離れたアフリカの地で、人間という種の普遍性を感じるなんて、なんだか可笑しくて、面白い体験でした。

変化しない街と、変化する時代の中で

3年ぶりに訪れたナイロビ。 正直な感想を言えば、「大きくは変わっていない」ように見えました。 私の滞在が短かったからか、記憶が薄れたからか。あるいは、綺麗なビルが増えたその足元で、大多数の人々の生活は変わっていないのかもしれません。

見えない変化、見えない生活。だからこそ、これからの2年間は、最高の「定点観測」の機会になります。 VUCAと呼ばれる不確実なこの時代に、ケニアという国が、人々が、どう変化していくのか。ナイロビとは違う時間軸が流れる地方部(任地)で、その変化を肌で感じられることが楽しみでなりません。

パッキングを済ませ、苦楽を共にした仲間たちへ挨拶を。
長い助走は終わり。いよいよ明朝、本当のスタートラインに立ちます。

行ってきます。

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