溢れる紅茶と、日本の技術
任地訪問最終日。今日は一日、ナイロビへの移動日です。 朝、ホテルのレストランでゆっくりと朝食をとりながら、ふとテーブルの上のティーポットに目が留まりました。
カップに注ごうとすると、信じられないくらいお茶がこぼれるのです。構造上、どうやっても溢れるようにできている(笑)。 逆に、液だれしない急須や、注ぎやすいポットといった、日本の製品がいかに「些細なストレス」を解消するために計算され尽くしているか。小さくも確かな技術改善の積み重ね、そんな「日本の凄さ」を、こぼれた紅茶を拭きながら感じました。
食事の味は美味しかったです。
特に、スイカやバナナなどのフルーツの甘さと味の濃さは、日本よりも上かもしれません。

バス停のカオスと、「Bado(まだ)」
バス停に行くと、すでにバスが停まっていました。「お、時間通りか?」と感心したのも束の間、それは別の行き先のバス。 私の乗るはずの8時45分発のバスは、9時発のバスが出発した後もまだ来ません。
「Bado?(まだ?)」 「Bado.(まだだ)」
このやり取りを何度繰り返したことか。結局30分遅れで到着しましたが、こちらでは「普通」の範疇でしょう。 待っている間、狭い道を大型バスがすれ違い、その隙間をバイク(ピキピキ)が縦横無尽に走り抜ける。まさにカオス状態です。日本なら怒号が飛び交いそうな状況ですが、ここではこれが通常運転。まだこのカオスには慣れませんが、そのエネルギーを面白いと感じる余裕も出てきました。

野生動物と、車窓のグラデーション
バスに揺られること約30分、途中の街で同期隊員が乗り込んできました。 たった3日ぶりなのに、すごく久しぶりに感じます。それぞれの任地でのエピソードや、ちょっとした怖い体験談を聞きながら、互いの無事を確認し合いました。
西部の道は山が多く、減速用のバンプ(凸凹)だらけで、バスは常にノロノロ運転(ポレポレ)。映画を見ても、本を読んでも、一向に着く気配がない。お尻の痛みに耐える苦行の時間です。
ふと窓の外を見ると、シマウマやインパラ、猿の姿が。 日常になりつつあるこの生活が「アフリカ」であることを、野生動物たちが思い出させてくれます。日本ではないことは分かっていても、どこか日常に埋没しそうになる感覚。でも、動物たちの姿はやはり特別で、ここが遠い異国の地であることを再認識させてくれます。
西の山道を抜け、茶畑が減り、ナイヴァシャの大規模農園が見え始め、やがて家と高い建物が増えてくる。 遠くにビル群が見えた時、「ああ、ナイロビに帰ってきたな」と実感しました。 似ているようで確かに違う、各エリアの色の変化を車窓から眺める10時間の旅でした。

ナイロビの洗礼、タクシー難民
ナイロビに到着した頃には、すでに日が暮れていました。しかし、本当の戦いはここからでした。バスターミナルでいくらタクシーを呼んでも、全く捕まらないのです。
30分経っても「混雑していて行けない」と断られ続ける。 仕方なく、夜のCBD(中心街)を少し歩いて移動することに。4人の外国人が荷物を持って歩く姿は相当目立っていたと思いますが、何事もなく無事だったのは幸運でした。
結局、タクシーに出会えたのは探し始めてから1時間半後。 金曜日の夜ということもあり、人と車の量は尋常ではありません。 踊っている人、シンナーを吸っている人、全力で交通整理をしている人、物乞いをしてくる人、せかせかと歩く人。 カカメガのタウンとは比較にならない圧倒的な情報量と、混沌としたエネルギー。 疲れましたが、面白かった。「これがナイロビだ」と突きつけられた気がしました。

「家」に帰る安堵
ようやくアパートに到着。 1ヶ月以上過ごしたこの場所は、もはや完全に「家」です。帰ってきた瞬間、張り詰めていた糸が解け、深い安堵感に包まれました。
少しの用事を済ませたら、来週からはついに「本赴任」です。 快適すぎるこのアパートでしっかりと英気を養い、万全の状態でスタートダッシュを切れるよう、最後の準備を整えたいと思います。


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