喧騒と音楽の朝、国境の町マトゥングへ
まだ薄暗い朝6時45分、宿を出発。
8時の始業に間に合わせるため、早足でカカメガの街を抜け、バス乗り場へと向かいました。
タウンからバスに揺られること約1時間。車窓の景色が徐々に変わり、ついに私の活動拠点となる「マトゥング(Matungu)」に到着しました。 降り立った瞬間の第一印象は、「タウンから遠い、そして街が騒がしい」。
今日は週に一度のマーケットの日だったらしく、街は朝から爆発的な活気に溢れていました。 大音量の音楽が流れ、踊っている人さえいる陽気な空気感。 市場を覗けば、隣国ウガンダから来た魚が並んでいます。国境までわずか200シリング(約220円)で行けるこの地ならではの物流。逆に、ここの作物がウガンダへ売られていくこともあるそうです。 国境の近さが生む経済圏のダイナミズムと、人々のエネルギーに圧倒されながら、一日が始まりました。

警察署の食堂と、ルヤ語の挨拶
8時ぴったりにオフィスに着きましたが、案の定、まだ鍵は閉まったまま。誰もいません(笑)。
途方に暮れてウロウロ歩いていると、近くにいた警察官の方が親切に食堂を教えてくれました。
そこは社員食堂のような場所で、安くて美味しい朝食にありつけました。 何より嬉しかったのは、店員さんが現地の言葉である「ルヤ語」を親切に教えてくれたこと。 「ムレンベ(How are you?)」たった一言の挨拶でも、現地の言葉を使うと相手の表情がパッと明るくなる。この食堂は、毎日の通い場所になりそうな予感です。

張り詰めた糸を解く、「Karibu」の一言
8時半頃、オフィスに戻ると、ついにその時が来ました。
満面の笑みで現れたカウンターパート(受入担当者)。彼女が開口一番に放った言葉。
「Karibu Matungu!(ようこそ、マトゥングへ!)」
そのたった一言で、張り詰めていた不安の糸が解け、心の重荷が半分くらい吹き飛びました。なんて温かい人なんだろう。 自己紹介をし、仕事のこと、マトゥングの農業のこと、そして日本のことい色々な話をしました。
「日本食を作ってくれるなら、ケニア料理も教えるよ」という言葉に、これから始まる文化交流への期待が膨らみます。

言葉の壁と、知日家たち
お話をしながらさっそくいくつかの課題が見えてきました。
まず、移動手段がない。みんなバイクで広大な畑を回っているので、足のない私がどう仕事をするかが最初の議題になりました。
そして、立ちはだかる言葉の壁。 事務所を訪れる農家さんたちの会話は、ほとんどがスワヒリ語かルヤ語です。飛び交う言葉が理解できない。「もっと勉強しないと、ここでは仕事にならない」。厳しい現実を突きつけられました。
一方で、日本が好きだという訪問者からは、日本の少子高齢化や勤勉さについて話しかけられ、彼らの知識量の多さに驚かされました。 彼らはこんなにも日本のことを知ってくれているのに、自分はどれほどケニアのことを知っているだろうか。自問自答させられる瞬間でもありました。
マトゥング農業の、意外な先進性
カウンターパートと話す中で、この地の農業の輪郭が少しずつ見えてきました。
主要作物は、やはり「メイズ(トウモロコシ)」。ウガリの原料であり、彼らのパワーの源です。街を歩けば、見渡す限りメイズ畑が広がっています。 他には豆類、そして近くに製糖工場があるため「サトウキビ」の栽培も盛んです。大きな農機具を工場から借りて大規模に展開している農家もあるようです。
一方で、コーヒー栽培への挑戦や、アボカド、バナナ、マンゴーなどの果樹栽培も行われています。意外だったのは、「養豚」を行っている人がいること。ケニアでは珍しいですが、ここではチキン、牛に次ぐ産業として根付きつつあるようです。
さらに驚いたのは、たとえ小規模農家であっても、コストと売上の「レコードキーピング(記録管理)」を行っているという話や、市場価格を見ながら売る時期を調整するマーケティング的な視点を持っているという話です。 もしこれが本当なら、かなりのレベルです。学校での農業クラブ「4K Club」の活動など、野心的に新しいことに挑戦する土壌があるのかもしれません。
ただ、最大の課題はやはり「水」です。 乾季の乾燥は厳しく、地下水を引いたり川から灌漑したりと工夫はしていますが、どこまで保水できているのか。現場を見て、確かめる必要がありそうです。
「彼は私の息子だ」
午後は、家探しへ。 JICAのセキュリティ担当者が見に来ましたが、最初の候補物件はセキュリティ基準を満たせずNG。「探しておいて」と言い残して去ってしまいました。 家が見つからなければ、ここでの生活は始まりません。まさに死活問題です。
途方に暮れかけましたが、ここでも救ってくれたのはカウンターパートでした。 彼女と、彼女が頼ってくれた地元の方が、親身になって一緒に家を探して回ってくれました。大家さんとの交渉の際、彼らが口にした言葉に、思わず涙がこみ上げそうになりました。
「彼はマトゥングのために働いてくれるんだ。彼は、私の息子みたいなもんだ」
今日会ったばかりの、言葉もろくに話せない異国の人間を、「息子」と呼んで守ろうとしてくれる。 その深い愛情と温かさに、胸が震えました。 この人たちのためなら、何でもできる。その温かさに報いるためにも、ここで全力で頑張ろう。心からそう思いました。
無事に複数の候補が見つかり、あとは許可が下りるのを待つのみ。
人の温かさと、現場の厳しさ。その両方に触れ、マトゥングという土地が大好きになった、忘れられない初日となりました。



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