【ケニア派遣31日目】瞳の奥の「まっすぐ」な光。アートと子供たちが教えてくれたこと。

JICA海外協力隊
JICA海外協力隊ケニア派遣ナイロビ研修

語学訓練の終わり、そして本当の始まり

今日で、ナイロビでの語学訓練が終わりました。 たった10日間という短い期間でしたが、陽気な先生のおかげで、毎日楽しく学ぶことができました。先生への感謝を胸に臨んだ最後は、会話のテストと総仕上げのプレゼンテーション。

自分なりに駆け抜け、ほぼスクリプトなしの会話テストも乗り切り、ペーパーテストもほぼ満点。

しかし、その後に待っていたのは強烈な「悔しさ」でした。 二本松訓練所で2ヶ月半みっちりスワヒリ語を学んできたクラスとの合同発表。そこで見せつけられた圧倒的な差に、自分の現在地を痛感させられました。授業の中だけの会話では通用しない。本当の訓練は、ここからがスタートです。

私の任地カカメガで話されるルヒャ語は、スワヒリ語と同じバントゥー語族。この悔しさをバネに、二つの言語を武器にできるよう、泥臭く学び続けます。

腰布一枚の涼しさと、博物館の違和感

修了の証として、男性陣もスワヒリの伝統衣装をいただきました。 女性陣がヘナタトゥーや華やかな衣装を纏う中、私たちが渡されたのは腰に巻く布一枚。「男性は独立独歩であれ、恵んでもらうな」というケニアの美学でしょうか。

現地流では下着すらつけずに布一枚で過ごすそうですが、さすがにそこまでの勇気はなく、下着の上から着用しました。それでも、ズボンを脱いで布一枚になると、その通気性の良さに驚きます。モンバサの酷暑を生き抜くための、理にかなった知恵なのかもしれません。

その後、授業を受けていた敷地内にある国立博物館へ。 足を踏み入れて驚愕したのは、メインホールが中国一色だったことです。「一帯一路」構想を讃える中国語の展示。国交の一環とはいえ、国の文化を象徴する場所にこれほど他国の政治色が入り込んでいることに、現代の植民地主義のような歪さを感じずにはいられませんでした。

魂と目が合う、ケニアのアート

そんな違和感を抱えながら入ったギャラリーで、私は足を止め、動けなくなりました。

そこにあったのは、単なる絵画ではありませんでした。 出口のない人生の影、理不尽に抵抗しようとする女性の力強さ、遠い記憶をおぼろげに見つめる長老の瞳。 キャンバスの中から、彼らの魂がじっとこちらを見つめている。そんな錯覚に陥るほど、描かれた「目」には強烈な引力がありました。

午後に訪れた別のギャラリーでも、その衝撃は続きました。 メイズ(トウモロコシ)の袋に描かれた荒々しい表現、子供が描いた嘘のない線、大キャンバスに執拗なまでに書き込まれた圧巻の地獄絵図のような世界。

彼らはどんな生活をし、どんな景色を見れば、この絵が描けるのだろう。 ギャラリーに飾られた数万円の絵画が、私には何百万円もの価値があるように思えました。その圧倒的な「吸引力」に、時間を忘れて吸い込まれていました。

まっすぐな瞳に、射抜かれて

その後、女性のエンパワメントを行う施設や学校を訪問しました。
そこで出会った子供たちの、なんと元気で、懐っこいことか。

「マンボ!(what’s up!)」とハイタッチを求めてくる彼らの目は、一点の曇りもなく、ただひたすらに「まっすぐ」でした。 アートで感じたあの視線の強さは、この子供たちが持つ純粋なエネルギーそのものなのかもしれません。

彼らの笑顔を見ているだけで、身体の底から元気が湧いてくる。 「ああ、ケニアに来てよかった」 理屈ではなく、心でそう確信した瞬間でした。

嘘のない世界へ

ケニアのアートも、子供たちも、今日出会った人々も。 彼らに共通しているのは、誤魔化しのない「まっすぐさ」です。 アートマニアでもない私の心にこれほど深く刺さるのは、それが技術や理屈を超えた、魂の叫びのようなものだからでしょう。

その強烈な光に照らされて、私自身もまた、嘘なくまっすぐに生きたいと強く思いました。

この国には、日本人が忘れてしまった熱と光がある。 絶対に、来たほうがいい。

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